米韓軍事演習に強く反発する北朝鮮
定例の米韓軍事演習を契機に、米国と北朝鮮の対立が再び先鋭化する可能性が出てきた。米韓は8月13日までの事前訓練の後、16~26日には本演習を行った。北朝鮮はこの演習に強く反発し、南北対話を再開させたい文政権に対して、米国を説得して米韓軍事演習を中止するよう、強い揺さぶりをかけた。韓国内では南北対話を再開させたい文政権の高官や革新系与党から、米韓軍事演習の延期論も相次いでいた。与党「共に民主党」の国会議員ら70人余りは、演習の延期を求める声明を出したのである。
しかし、文在寅(ムンジェイン)大統領は、実施の方針を変えなかった。北朝鮮の将来の軍事的行動に備えために演習は必要であることに加えて、北朝鮮への圧力となる米韓軍事演習の中止を米国が認めることはなく、文大統領も米国の意向に逆らえないのである。また、国内でも「北朝鮮の言いなり」との批判が出てくることを恐れたとみられる。
米軍は計画通り展開する一方、韓国軍は新型コロナウイルスを理由に戦時の作戦遂行に必要な増員をせず、参加人員を抑制する。本来の計画の12分の1の規模にとどまるという。さらにコンピューターシミュレーションを中心とした指揮所演習に限定し、野外機動訓練は行わないという。韓国は「朝鮮半島の非核化や平和定着のための外交努力などを総合的に考慮した」とし、北朝鮮へ配慮したことをアピールした。しかしこの点を北朝鮮は評価することはなく、韓国に対しては「背信的な行為」と、強い遺憾を表明している。
韓国では、北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射に踏み切るとの観測も出てきている。
北朝鮮経済の三重苦がなお続く
北朝鮮は厳しい経済情勢が続いている。韓国銀行(中央銀行)が7月30日に発表した推計によると、2020年の北朝鮮の実質GDP成長率は-4.5%と、1997年のー6.5%以来の大幅な減少率となった。産業別では、ほとんどの産業が減少した。特に、鉱業(9.6%減)、農林漁業(7.6%減)、軽工業(7.5%減)、サービス業(4.0%減)の減少幅が大きかったという。
韓国銀行は、大幅マイナス成長の背景を、「気象条件の悪化と、新型コロナウイルス感染拡大防止のための中朝国境の封鎖によって中国との貿易が急減したことによる」と説明している。2020年の北朝鮮の貿易額(韓国との搬出・搬入は除く)は前年比73.4%減少した、と推計された。
2020年の北朝鮮経済は三重苦に見舞われたとされる。国連などによる対北朝鮮経済制裁、コロナ対策のための中国貿易の一時停止、そして洪水による被害の3つである。
この状況は今年に入ってからも変わっていない。国営の朝鮮中央通信(KCNA)が8日に伝えたところでは、北朝鮮東部・咸鏡南道で発生した豪雨災害について、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は5日、被害を受けた地域で支援活動を行うよう朝鮮人民軍に命じたという。今回の豪雨では農地も被害を受けており、事態がさらに悪化する可能性がある。昨年は台風の影響で洪水が多発したため、農業セクターが穀物の生産目標を達成できなかったが、今年も豪雨による同様の影響が生じる可能性がある。
8月9日付の日本経済新聞が報じるところによると、北朝鮮が新型コロナウイルスの影響で中断している中国との貿易を再開する準備を進めている。中朝境界に近い軍用飛行場に検疫施設を建設しており、8月末にも中国から列車で物資を運び込む計画とされる。交易が再開されれば1年半ぶりとなる。貿易全体の9割を中国に依存する北朝鮮にとって、これは、北朝鮮経済に一定程度プラスとなるだろう。
しかし、中国国内で再び感染者数の増加が見られる中、対中貿易がどの程度のペースで戻ってくるのかは見通せないところだ。
核・ミサイル開発も国民生活を圧迫
国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の下で制裁違反の有無を調べる専門家パネルがまとめた中間報告書案が、8月6日に明らかになった。それは、新型コロナウイルスの感染拡大下でも、制裁逃れを続けながら体制維持のために核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の実態が浮き彫りにするものだ。同報告書は、国民生活が困窮しているにもかかわらず、北朝鮮が開発推進のため材料や技術を海外に求め続けた、と指摘している。
経済環境が悪化する中で、核・ミサイル開発に巨額の費用を投じることは、国民生活をより困窮させることになりかねない。これを加えると、北朝鮮経済そして国民生活は、四重苦に直面していることになる。
北朝鮮の「瀬戸際外交」と米国の「戦略的忍耐」に戻るのか
米韓軍事演習へのけん制から、北朝鮮がミサイル発射などを行えば、北朝鮮の政策は再び「瀬戸際外交」に戻ってしまう感がある。
バイデン政権は北朝鮮に対して対話を呼びかけてきた。他方、北朝鮮は、制裁解除がなければ対話に応じないとの姿勢を貫いている。その結果、事態は全く進展しないまま、ここまで来ている。現状のままでは、バイデン政権の北朝鮮政策も、オバマ政権時代の「戦略的忍耐」に戻ってしまうのではないか。
外交、安全保障面でバイデン政権は完全に対中国重視の姿勢、いわば中国シフトである。アフガンやイラクから軍事力を引き上げ、中国と対峙するためにアジアに軍事力を集中させようとしている。こうした姿勢が既にアフガンに大きな混乱をもたらしている。さらに中東情勢に緊迫化をもたらさないか、危惧されるところでもある。
このように、対中戦略重視のバイデン政権にとって、北朝鮮政策の優先順位は必ずしも高くないように感じられる。そのことが、北朝鮮の「瀬戸際外交」の先鋭化を許してしまうことは、日本と韓国にとって大きな脅威である。
(参考資料)
「金正恩氏、水害支援を軍に命令 東部で豪雨」、2021年8月9日、BBC NEWS JAPAN
「中朝貿易、月末再開へ準備、中断1年半、北朝鮮が境界に検疫施設、経済苦境、打開狙う。」、2021年8月9日、日本経済新聞
「北朝鮮の2020年GDP成長率、マイナス4.5%(ソウル発)」、2021年8月12日、ジェトロ・ビジネス短信
「北朝鮮:人道危機下でも「核開発に注力」 北朝鮮制裁委に報告」、2021年8月8日、毎日新聞
プロフィール
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。