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9月7日からエルサルバドルでビットコインが法定通貨に

中米エルサルバドルでは、9月7日からビットコインが法定通貨となる。ブケレ政権がビットコインを法定通貨として採用する「ビットコイン法」という法案を提出し、国会で6月8日に同法案が賛成多数で可決された。それが90日を経て法制化されるのである。

エルサルバドルでは、価値が不安定であった自国通貨コロンを2001年に放棄し、米ドルを法定通貨として採用した。現在の法定通貨である米ドルは、そのまま法定通貨の地位を維持するため、2つの法定通貨が併存する異例の体制となる。

ビットコインはマイニング(採掘)に大量の電力を消費し、環境に負荷を与える点が最近では問題視されている。この点についてブケレ大統領は、国内火山の地熱を利用したビットコインのマイニングも視野に入れている、と説明している。

また「CHIVO(チボ)」(「かっこいい」を意味する現地のスラング)と銘打った政府公認の電子財布も導入し、利用奨励策として30ドル分のビットコインを配布する計画である。さらに、仮想通貨のATMを運営する米アテナビットコインが、エルサルバドル国内のショッピングセンターに13台のATMを設置したと報じられている。大統領はATMを200台設置するとしている。

しかし、ビットコインの法定通貨化については、エルサルバドル国内でも否定的な意見は少なくない。エルサルバドル商工会議所の調査によると、回答者の90%以上がビットコイン導入に懐疑的であり、4分の3が引き続きドルを使うと明言している。また、フランシスコ・ガビディア大学の調査では、44%が「仮想通貨の導入により経済が悪化する」と回答した。

二重法定通貨制度は大きな混乱を生む

本コラムでも筆者は、「エルサルバドルのビットコイン法定通貨化は奇策の域を出ず」と結論付けた(コラム「 エルサルバドルのビットコイン法定通貨化は奇策の域を出ず 」、2021年6月15日)。個人は、価格変動が激しいビットコインではなくドルの保有を続ける可能性が高いことなど、二重法定通貨制度が上手く機能しないことを指摘した。

ブケレ大統領は、ビットコイン法定通貨化、つまり店舗などにビットコインの受け取りを義務付けることは、国民の70%に及ぶ銀行口座を持たないアンバンクトを助けることになるという金融包摂の観点や、海外で働く国民からの仕送りを受けやすくなる、という経済的な観点からのメリットを強調している。しかしそれならば、国民の銀行口座の保有を拡大させることや、ビットコインを安心してドルに換えることができる取引所の整備を優先すべきではないか。

国際通貨基金(IMF)は7月に、暗号資産(仮想通貨)を法定通貨として利用することに警鐘を鳴らす論文を発表している。名指しを避けてはいるが、エルサルバドルが9月7日にビットコインを法制化することをけん制する狙いがあるのではないか。IMFは当初から、エルサルバドルのビットコイン法制化に批判的だった。

IMFとの融資交渉に悪影響も

ビットコインなど暗号資産は、取引コストが低いなどのメリットはあるが、法定通貨として利用する場合には、リスクとコストが潜在的なデメリットを上回る、と同論文は結論付けている。デメリットとは、マクロ金融の安定性を損ねる、金融の健全性を損ねる、環境負荷を高める、消費者保護を低下させるなどだ。暗号資産は、銀行サービスを利用できない人の支払い手段としては一定程度普及するかもしれないが、価値が不安定であることから価値貯蔵手段としては利用されない。暗号資産を受け取った人は直ぐに実際の通貨と交換するはずだ、と論文では指摘している。筆者も同意見である。

ただし、IMFのこの論文は、単なる学術的な主張にとどまらない可能性がある点に注意する必要があるだろう。エルサルバドルは、IMFと10億ドルの融資交渉を現在進めている。ブケレ大統領がIMFの反対を押し切って、ビットコインの法制化を強行すれば、このIMFとの協議に悪影響が及ぶ可能性があるだろう。

エルサルバドルは現在深刻な財政危機に直面しており、政府債務総額はGDP比89%、2020年の財政赤字は同10.1%に達している。そして20億ドルの債務返済期限が2021年末に迫っているのである。IMFとの協議が難航すれば、デフォルト懸念が浮上し、金融市場は大きく混乱する可能性がある。

ブケレ大統領はビットコイン法定通貨化という奇策ではなく、財政の立て直し、対外債務の削減にまず真摯に取り組むべきである。

(参考資料)
"Cryptoassets as National Currency? A Step Too Far", IMF, July 26 ,2021
「仮想通貨は中南米経済のインフラになれるか-IMFは法定通貨化に警鐘」、2021年8月4日、フィナンシャルタイムズ

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。