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FATF報告書で日本は名誉挽回できなかった

20年前の米同時多発テロ事件をきっかけに、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与に対する国際的な監視や対策が強化されてきた。そうした中、日本は国際機関からまだ合格点を得られていない。

各国・地域の資金洗浄対策を調べている国際機関の「FATF(金融活動作業部会)」は、日本に関する審査報告書を8月末に公表した。2008年の前回審査で日本は、先進7か国中で最低の評価を受けてしまった。そしてFATFは改善の進捗が遅いとして、日本を名指しで批判した。日本は「マネロンに甘い国」との烙印を押されてしまったのである。今回の審査は名誉挽回のチャンスであったが、実際はそうはならなかった。

FATFによる日本の評価は、3段階で最上位の「通常フォローアップ国」に次ぐ2番目の「重点フォローアップ国」だった。多くの分野で改善が必要とされるレベルで、米国や中国、スイスなどと同じである。一番下の「観察対象国」となれば、国際的な金融取引に制約が出る恐れもあった。実際には、最下位の「観察対象国」となる可能性もあったが、日本側からの事前の強い働きかけによって何とかそれを免れた、との指摘もある。

審査報告書では、銀行のマネロンリスクの認識と対応の遅れ、NPOがテロリストに悪用されるリスクに対する当局の対応の遅れ、マネロン関連の法律の未整備や罰則の弱さなどが指摘された。最初の点については、メガバンクのリスク対応の高さを評価する一方で、地域金融機関などその他の業態についてはリスクへの理解が不十分、と結論付けている。

マネロン対策強化が顧客の利便性向上と矛盾する面も

メガバンク以外の地域金融機関などに対しては、疑わしい取引の誤検知が多い点や、顧客の継続的な確認が十分でない点が指摘された。メガバンクと比べて体力が十分にはないことが、その背景にあるだろう。疑わしい取引を検知するシステムの導入にはコストがかかる。しかも、犯罪の手法は巧妙化していくことなどから、常に追加の対応が必要だ。また、口座開設時だけでなく、継続的に顧客情報を管理していくことには、かなりの人件費がかかる。銀行のマネロン対策は社会性が高いものであることから、この分野ではもっと政府の手厚い支援がなされても良いのではないかと思う。

地域金融機関の中には、特に海外送金業務でマネロン対策のコストがかかることから、それを送金手数料に上乗せする動きが見られる。金融庁が金融機関向けのマネロン対策指針を公表した2018年以降、地域金融機関の間ではこうした動きが続いており、今年だけでも値上げ改定は10行以上に上るという。あるいは、コスト増加分を手数料に転嫁することをあきらめて、他行に委託する形で外国送金業務を停止する動きも出ている。それも今後は増えていくだろう。

このように、マネロン対策を強化する中で海外送金手数料が引き上げられ、また海外送金業務からの撤退が続けば、それは顧客の利便性を低下させてしまう。マネロン対策は顧客の利便性と矛盾する面があるのだ。

銀行口座開設が比較的容易な日本では、口座数は約8億ある、と言われている。しかし、有休口座を含めて個人が十分に管理できていない口座が、マネロンなど犯罪に使われやすい。出国する外国人が犯罪組織に銀行口座を売却するケースも少なくない。さらに、インターネットバンキングが広がり、口座開設時に窓口での本人確認がされないケースが増えてきている。それは、犯罪に利用されるリスクが高まることになる。ここでも、マネロン対策は顧客の利便性と矛盾する面がある。

マネロン対策の重要性について国民の意識を高める必要も

FATFが指摘する継続的な顧客管理を強化するため、2018年に金融庁は、金融機関に対し口座の名義人の確認を求めるガイドラインを策定した。名義人に確認書を郵送するなどして、所在地や職業などを問い合わせる作業を進めるように求めるものだ。しかし、郵便やメールで確認書を送っても、返事が返ってくる割合は低いようだ。個人データを提供することに、顧客が慎重であるためだろう。さらに、国民の間でマネロン対策の重要性に対する認識が高くないことも背景にあるように思われる。

他国と比べて日本は、国際的な犯罪組織、国際的なテロ活動を身近なものとして感じにくい。そのため、マネロン対策に対する国民の意識が概して弱いのではないか。

しかしこの点は、銀行に対してさらなるコスト増加につながる。郵便などで個人データの確認に応じない顧客は、職員が直接訪問することも求められていくだろう。政府は、マネロン対策の重要性、銀行による本人確認、個人データの確認の重要性を国民に説明する努力もしっかりとして欲しい。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。