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ドル建て債の利払いはまだ実行されていない

不動産開発大手の中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)の経営危機を巡る問題は、長期化が避けられない情勢だ(コラム「 恒大問題の世界のリスクは金融危機よりも中国経済の減速 」、2021年9月22日)。そうしたなか、世界の金融市場の当面の注目点は、同社の債務返済が実行され、無秩序なデフォルト(返済不能)が回避されるかどうかである。

同社は23日に期限を迎えた人民元建て債クーポンの支払いについて、「交渉によって解決された」と発表した。これは、同社が支払いの延期で人民元建て債の保有者と合意したことを意味する、とみられる。他方、同日には米ドル建て社債の8,353万ドル(約92億円)の利払いも期限を迎えた。今のところ、社債保有者に対して支払いは実行されていないようだ。30日間の支払い猶予期間があるため、当面はデフォルトとはならないが、人民元建て債のように支払いの延期でドル建て債の保有者と合意することは簡単ではないとみられている。

来年償還を迎えるクーポン8.25%の恒大ドル建て社債の価格は、現在、額面の3割程度にまで急落している。デフォルト、あるいはかなりの規模のヘアカット(債務元本削減)を織り込んでいるのである。ブラックロック、UBS、HSBCといった大手金融機関が恒大のドル建て社債を保有している。

恒大を政府が安易に救済することは考えられない

恒大の経営危機は、不動産業の債務拡大に歯止めをかけるための政府の規制強化が直接的なきっかけとなっている。政府は、不動産業の債務拡大が、金融面での大きなリスクとなっており、金融システム安定の観点から以前より債務圧縮に取り組んできた。さらに足元で掲げている「共同富裕」の理念のもとに、政府は資産格差の縮小や、庶民の住宅取得のコストを抑制する観点から、住宅価格の上昇抑制に取り組んでいる。これらが不動産業への規制強化の背景にある。さらに、巨額の利益を上げる大手企業を叩く狙いもある。

こうした点を踏まえると、恒大の経営危機は政府が狙ったことでもあり、不動産業全体に強い警鐘となることも政府は期待しているだろう。そのため、恒大を政府が安易に救済することは考えられない。

米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙は23日に、中国当局は地方政府に対し、恒大の経営破綻に備えるよう指示していると報じた。ただし、実際の政策を講じるのは、事態が悪化した後にするように求めたという。

これは、政府が同社の救済に前向きでないことの証左であろう。しかし、経営破綻が大きな経済・社会的混乱を生むことを避けるために、地方政府には一定程度の対応を期待しているのである。地方政府は、例えば失業対策などで社会不安を抑え、住宅購入者および幅広い経済への影響を和らげるよう求められたという。

政府主導で債務リストラ交渉がなされるか

現時点で恒大の経営破綻に対する中国政府の対応は定まっていないように見える。安易な救済はしない一方、無秩序なデフォルトを避けるために、今後政府は、恒大の債権者と債務リストラ交渉を主導していくのではないか。

その過程では、債権者にかなりの損失を強いることは避けられない。特に、ドル建て債の保有者には大きな負担を強いる可能性があるだろう。その結果、海外から中国への投資に関わるリスク、いわゆる「チャイナリスク」が一段と高まることは避けられないのではないか。

ただし、海外の金融機関の恒大への投融資額は限られることから、グローバルな金融面での混乱につながる可能性は低いと見られる。他方、恒大が資金を借り入れている国有銀行は、相当額の債権放棄を強いられるだろう。

中国政府の統制強化の戦略に一定の修正を迫るか

対応が難しいのは、請負業者への巨額の買掛金、住宅購入費を支払った個人への債務(住宅受け渡しができていない)である。恒大が債務返済のために土地や建築物などを投げ売りすれば、資産価格が大きく下落して、資産デフレを生じさせてしまう。政府は、恒大の事業、資産を同業他社に譲渡させる形で、こうした債務の返済を円滑に進め、大きな社会的混乱を避けるように努めるのではないか。

しかしそれでも、債務圧縮を強く求められている不動産業界全体の不振は今後も続き、中国経済の成長を大きく制約していく可能性があるだろう。これは、世界の経済及び金融市場にとって先行きの大きなリスクである。

市場原理に基づいて既に大きく成長した経済、産業に対して、政府が一気に統制強化を強めていけば、様々な混乱と軋轢が生じることになる。恒大の経営危機はその好例である。習近平政権の「共同富裕」の理念に基づく企業への統制強化の流れは変わらないだろうが、この恒大の経営危機が政府の戦略に一定程度の修正を迫る可能性はあるだろう。

(参考資料)
"China Makes Preparations for Evergrande’s Demise", Wall Street Journal, September 23, 2021
"China urges Evergrande to avoid near-term dollar bond default", Bloomberg, September 23, 2021

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。