外交、安全保障分野では政策の連続性
自民党岸田総裁は1日に党執行部を決定した。4日に衆参両院の首相指名選挙で首相に選出されたのち、同日中に閣僚人事を正式に発表する予定だ。
党4役は幹事長が甘利明・党税調会長(麻生派)、総務会長が福田達夫(細田派)、政調会長が高市早苗・元総務大臣(無派閥)、選対委員長が遠藤利明・元五輪大臣(無派閥)が指名された。また河野太郎・行革大臣(麻生派)は、広報本部長となった。
岸田氏は党人事に関して、総裁選候補者と若手を登用する考えを表明していた。高市氏と54歳の福田氏の起用は、それらを具体化したものと言える。さらに、総裁選での岸田氏の勝利を後押しした麻生派と細田派からの登用で、有力派閥への配慮を示したとも言える。両派重視の姿勢は、閣僚人事でも明らかになろう。政策面では、甘利幹事長と高市政調会長の影響力が注目されるところだ。
閣僚人事については、茂木外務大臣(竹下派)と岸信夫防衛大臣(細田派)の留任が固まっている。外交、安全保障分野では、前政権からの政策の連続性が保たれるとみられる。
さらに報道によると、以下のような閣僚人事が既に固まっている。ここでも、総裁選での岸田氏の勝利を後押しした麻生派、細田派、竹下派からの登用が目立ち、派閥のバランスに配慮した構図だ。また、幅広い年齢層、女性、初入閣組といったバランスへの配慮も見られる。
官房長官に松野博一・元文科相(細田派)、国家公安委員長に二之湯智参院議員(竹下派)、農林水産大臣に金子原二郎参院議員(岸田派)、総務大臣に金子恭之氏(岸田派)、環境大臣に山口壮氏(二階派)、経済産業大臣に荻生田光一・文科相(細田派)、復興大臣(沖縄北方担当大臣も兼務)に西銘恒三郎氏(竹下派)、デジタル担当大臣に牧島かれん氏(麻生派)、ワクチン担当大臣に堀内詔子氏(岸田派)、少子化担当大臣に野田聖子・元総務相(無派閥)、万博担当大臣に若宮健嗣氏(竹下派)、国交相に公明党・斉藤鉄夫氏、法務大臣に古川禎久(無派閥)、厚生労働大臣に後藤茂之氏(無派閥)、経済再生担当大臣に山際大志郎氏(麻生派)、新設の経済安全保障政策担当大臣(科学技術政策担当大臣を兼務)には小林鷹之氏(二階派)などだ。
財政健全化路線へいずれ回帰か
経済閣僚では、麻生太郎副総理・財務大臣の後任の財務大臣に鈴木俊一氏(麻生派)の起用が固まっている。この人事は、岸田政権の経済政策運営を占ううえで重要だ。
鈴木氏は岸田氏が率いる現岸田派、前宏池会の第4代会長の鈴木善幸元首相の長男であり、麻生氏の義弟に当たる。宏池会は、伝統的に財政の健全化を掲げてきた。また、麻生氏も財政健全化を重視する姿勢であり、その考えは同じ派閥の鈴木氏にも引き継がれるだろう。
他方、財政拡張色の強い高市氏が政調会長に就任したことが、先行きの財政政策運営に影響を与える可能性も考えられる。しかし、麻生氏が副総裁に留任することがそれをけん制することになり、また、高市氏が主張する国土強靭化を推進してきた二階前幹事長の党内での影響力が低下することも考え合わせれば、高市氏の財政拡張路線は抑え込まれることになるのではないか。そうした点も意図したチェック・アンド・バランスの布陣になったともいえる。
岸田氏は、年内の衆院選を意識して、数十兆円規模の経済対策の策定を掲げている。しかし来年以降は、コロナ問題の緩和によって経済への下押し圧力が徐々に和らいでいく中で、宏池会の伝統である財政健全化へと徐々に舵を切って行くのではないか。それは金融市場の安定確保、経済の潜在力維持の観点からも重要なことだ。
岸田政権の下できるだけ早期に、コロナ対策の財源確保の議論と、プライマリーバランスを2025年度に黒字化するという現在の目標を現実的な目標へと修正したうえで、その達成を目指す具体策の議論が始められることを期待したい。
成長戦略の推進に期待
経済産業大臣に指名される荻生田光一・文科相(細田派)の経済政策の考えは未知数であるが、同じく主要経済閣僚である経済再生担当大臣に指名される山際大志郎氏(麻生派)は、「ロボット・IoT・人工知能(AI)といった、生産性を劇的に押し上げる最先端のイノベーションを起こし、『生産性革命』を実現します。民間主導のイノベーションによる『生産性革命』を通じて、働く皆さんの所得を大きく増やします」といった政策提言を掲げている。
同氏の政策が、岸田氏が掲げる成長戦略を後押しすることを期待したい。そのもとで、経済政策運営は、安倍政権以来の金融・財政政策に過度に偏ったものから、経済の潜在力を高める、成長戦略、構造改革を中核に据えたものへと大きく転換されることが望ましい。
経済安全保障政策の推進
経済政策面でもう一点注目されるのは、「経済安全保障担当大臣」の新設である。これについては、政調会長として経済安全保障政策を推し進めてきた甘利幹事長の影響が大きい。同大臣には46歳の若手の小林鷹之氏(二階派)が指名される。
甘利幹事長はテレビ番組でこの経済安全保障担当大臣について、「全省庁に対して指示が出せるポジションになる必要がある。経済インテリジェンスを含め、すべてに関与できる仕組みにすべきだ」と述べ、外交・安保の司令塔を担う国家安全保障局(NSS)も所管させる考えを示している。つまり、この職は外交、安全保障政策にも大きな影響力を持つことになり、日本の外交、安全保障政策に経済がより強く反映されるようになる。実際には経済安全保障担当大臣の政策には、甘利幹事長が強い影響力を持つのではないかと推察される。
経済安全保障担当相の機能は、対中戦略を強く意識したものであり、バイデン米政権の中国包囲網戦略と深く関わることになるだろう。米国は今後も中国との間のサプライチェーンの分断を進めていくとみられる。
しかし日本が米国に完全に同調すれば、中国との政治的関係をいたずらに悪化させてしまう恐れがある。また中国との経済・貿易関係の見直しは、日本経済に悪影響を与える可能性が高い。日本の国益を考えれば、外交、安全保障政策では米国と強く連携しつつも、中国との間の経済関係の悪化はできるだけ避けるよう、優れたバランス感覚を求められる。それこそが、この新設される経済安全保障担当相に期待される役割だ。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。