石油備蓄放出よりも変異株で原油価格は下落
南アフリカで確認された新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」の出現は、高騰を続けてきた原油価格を一気に押し下げることとなった。11月26日のWTI原油価格は、1バレル78ドル台から68ドル台まで10ドル程度も一気に下落したのである。新たな変異株が経済活動に打撃を与え、原油需要が落ち込むとの見方が強まったためだ。
ところでその直前に、原油価格高騰への対応として、米国が主導する形で各国がそれぞれ石油備蓄を放出する協調策が稼働し始めた。バイデン米大統領は23日に、日本や中国、インド、韓国、英国と協調して石油の備蓄を放出すると発表したのである。これに応じて日本政府は24日に、石油の国家備蓄放出を発表した(コラム「 石油備蓄放出での各国協調と原油高の経済効果 」、2021年11月25日)。
バイデン米大統領は、11月中旬まで開かれていたCOP26の開催中は、各国に石油備蓄放出を呼び掛けることを控えていたのだろう。原油価格を下げる需要者寄りの政策は、化石燃料の使用を削減していく脱炭素の政策と相容れない面があるからだ。他方、25日から始まる感謝祭後に米国内で自動車を利用した国内旅行が盛んになる前のタイミングを狙って、石油備蓄放出の協調策をまとめ上げ、発表したのである。
皮肉なことに、石油備蓄放出の発表への原油価格の反応は鈍かった一方、新たな変異株「オミクロン株」への原油価格の反応は大きかった。これによって、石油備蓄放出の重要性は霞んでしまった。
OPECプラスは増産を一時停止か
次は、OPECプラスの対応が注目されるところだ。12月2日にはOPECプラス会合が開かれる。サウジアラビアが主導するOPECプラスは、過去20年間に大規模な減産を行ってきた。しかし今夏からは毎月日量40万バレルずつ増産する方針に転じている。ところが、価格の急落を恐れて、米国など原油の主要消費国からのさらなる増産要請を撥ねつけてきた。そこで米国は、石油備蓄放出の協調策で、原油価格の安定を目指したのである。
しかしそうした行動を、OPECプラスは「宣戦布告」と受け止め、さらなる増産を実施しないばかりか、現在実施している段階的な増産を止める可能性もでてきた。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、サウジアラビアとロシアが原油増産の一時停止を視野に協議していると報じている。「オミクロン株」の出現で原油価格が急落したことを受けて、OPECプラスが増産を一時停止する可能性は一段と高まった可能性がある。
バイデン政権発足が原油価格高騰の一因
仮にそうした展開となれば、米議会の民主党議員の間でOPECのカルテル体制を標的にした石油生産輸出カルテル禁止(NOPEC)法案を成立させようという機運が高まる可能性がある。米国とOPECプラスとの間での全面戦争に発展するのである。
2020年の急激な石油価格暴落を受けて、当時のトランプ大統領は、米国のシェールオイル業界を救うためサウジアラビアとロシアに働きかけて大幅な減産を引き出した。その米国が、今度は増産を要求していることに、OPECプラスは大いに戸惑い反発しているだろう。
そもそも、地球温暖化対策に批判的なトランプ政権が続いていれば、原油価格の上昇を受けて米国のシェールオイル業界は追加投資による増産に直ぐに動いていただろう。その結果、原油価格は今の水準まで上昇しなかった可能性がある。脱炭素を強く推進するバイデン政権が発足したことが、原油価格高騰の一因と言えるだろう。
日本は補助金によるガソリン価格安定策を実施
ところで日本政府は、石油元売り業者に補助金を出すことで、ガソリン、軽油、灯油、重油の石油関連4油種の小売価格高騰を抑える施策を、2021年度補正予算に盛り込んだ。規模は800億円である。補助金は12月中に始め、2022年3月末までの時限措置とする。
この制度は、ガソリンの全国平均小売価格が基準価格の170円を超えた時点で、元売り業者に補助金を出し、4油種ともに卸価格を上げないよう元売りに要請する。補助金はガソリン価格で5円分を上限とし、ガソリンの小売価格が175円を超えないようにする。ガソリン価格が175円を超えて上昇する場合には、基準価格を4週間おきに1円ずつ引き上げていく設計だ。
ガソリン価格の高騰対策としては、揮発油税制の見直しも選択肢としてある。ガソリンには現在1リットル当たり53.8円の税金が課されているが、このうち25.1円は財源不足のために上乗せされたものであり、1リットルあたりのガソリン価格が3か月連続で160円を超えた場合には、この25.1円分の上乗せ課税を止める仕組みがあり、それはトリガー(引き金)条項と呼ばれている。
ところが「トリガー条項」は東日本大震災の復興財源を確保するため運用が凍結されている。これを見直すには法改正が必要となり、時間がかかってしまうのである。そこで政府は、異例の補助金政策を採用したのである。
補助金制度も空振りに終わるか
しかし、この補助金制度は場当たり的な対応であり、それには多くの問題点が指摘できる(コラム「 ガソリン価格高騰への対応で政府が補助金を導入 」、2021年11月17日)。
そもそも市場価格に政府が介入することは、自由な経済活動、市場の効率性を妨げる異例の措置である。また、ガソリン以外にも輸入を通じた価格高騰は、エネルギー関連、食品関連など既に幅広く及んでいる。電力・ガス料金の値上げも同様だ。他の業界からも同様な補助金の導入を求める声が高まり、収拾がつかなくなることはないか。
この補助金制度は、最終需要者である個人や運輸業者などを支援するものだが、一方で中間段階の企業を支援しないのは不公平となるのではないか。輸入原材料価格が高騰する中、最終財の生産者物価や消費者物価は比較的安定を維持している。これは、輸入原材料価格高騰の影響の相当分は中間段階で吸収され、既に中間段階の企業収益を圧迫していることを意味する。
また、元売り業者に補助金を出しても、価格上昇を抑えることができるのはガソリンなどの卸売価格だけだ。ガソリンスタンドが小売価格の上昇を抑えなければ、小売価格の安定策としては機能せず、実質的にはガソリンスタンドへの補助金に終わってしまう可能性もある。さらに、ガソリン・レギュラーの小売価格170円を基準とする根拠は明確ではなく、また、170円を大きく超えてガソリン価格が上昇すれば、価格上昇を抑える効果は薄れてしまう、といった問題もある。
このように多くの問題を抱える補助金制度であるが、変異株「オミクロン株」を受けた原油価格の下落が定着すれば、この制度は発動されない可能性が高まり、異例の政策も空振りに終わってしまうだろう。
(参考資料)
「米国が石油備蓄放出、OPECプラス増産一時停止も」、2021年11月25日、フィナンシャル・タイムズ
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