他国に遅れる日本のグリーンボンドの発行
世界中の民間資金を脱炭素分野へと呼び込む機能を担うことを目指す「グリーン国際金融センター」構想が、日本では進められている。これは、2021年4月に当時の麻生財務相が表明したものだが、6月の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2021)や閣議決定された政府の成長戦略にも盛り込まれた。またそれを受けて、6月に示された金融庁の「サステナブル・ファイナンス有識者会議」の提言でも、「グリーン国際金融センター」構想が強く打ち出されている。
同構想で特に焦点があてられているのは、グリーンボンドとトランジションボンドの拡大である。そのためには、日本では遅れている環境整備を早く進めていく必要がある。環境関連の債券発行体を含む関係機関と幅広く連携しつつ、資金使途等の基準の策定を進め、またグリーンボンド等の適格性を客観的に認証する枠組みの構築を進めることが求められる。
ESG投資の国際組織であるグローバル・サステナブルインベストメント・アライアンス(GSIA、世界持続可能投資連合)は、2021年7月に、主要国の2019年末時点におけるESG投資残高が約35兆ドル(約3,950兆円)になったと発表した。
また世界のグリーンボンドの発行額は2016年の約9兆1,900億円から、2020年には約3.5倍の約31兆7,900億円まで増加したという。また、2030年には2018年比4.2倍に拡大するとの推計がある。他方で2020年の日本のグリーンボンドの発行額は約1兆円と、欧州や中国と比べるとかなり低い水準であり、世界全体の3%程度にとどまっている。
日本では市場の拡大と市場の信頼性向上策が同時に求められている
ただし、先行する欧州では、足元でESG投資の増加ペースは落ちている。総運用資産残高に占めるESG投資残高の割合も低下傾向にあるようだ。それは、市場が成熟化し、成長が頭打ちになったというよりも、名ばかりのESGを排除する動きが関係しているとみられる。そうした動きは、ESG市場の信頼性を高め、長い目で見れば市場の拡大を後押しすることになるだろう。欧州のESG投資は、そうしたステージに移っているのである。
日本では、グリーンボンド、トランジションボンドの発行がまだ低水準であり、またESG投資がまだ低水準である。そこで、それらを成長させることがまず求められる。他方で、グリーンウォッシュなどと呼ばれるように、実際にはグリーンボンドなどとして発行されながら、実際には脱炭素につながらないものが紛れ込んでいるとの不信感が世界の投資家の間で高まっている。日本では、脱炭素の市場の拡大と信頼性を高める環境整備を同時に進める必要がある。「グリーン国際金融センター」構想は、こうした認識の下で議論されているのではないか。
「グリーン国際金融センター」構想の実現は容易ではない
同構想が参考にしているのは、ルクセンブルク証券取引所、ロンドン証券取引所である。そこでは、ESG関連債のプラットフォームが確立されている。それに倣って日本でも、日本取引所グループ(JPX)にサステナブルファイナンス環境整備検討会が設置された。JPXは、様々なグリーンボンド等の情報が一元的に集約されるような場所を作ろうとしている。
経済全体を金融の力でグリーンに変えていくときに、そうした金融取引の中心地の役割を担うというのが、グリーン国際金融センターの構想に他ならない。環境整備を進めることで、自国内での資金をより脱炭素に向かわせることは十分に可能だろう。しかし、他国の金融センターと競合して、世界の資金をより脱炭素に向かわせることに大きく貢献できるようになることは容易ではない。そうでなくても、国際金融センターとしての日本の地位は下がっているのである。
日本は世界の標準から取り残されないか
脱炭素の資金を世界から集め、世界の脱炭素化を推進する役割を果たすには、情報開示のルール、タクソノミー(分類)を作っていくことが必要だ。欧州を中心に海外では、特定の業種や事業をグリーンかグリーンでないかに2分する形で、基準作りが進められている感がある。しかし、欧州と比べて化石燃料を用いた製造や発電への依存度が高い日本は、新たな技術を用いて地球温暖化ガスの排出量を段階的に減少させていくことが、カーボンニュートラルの実現に向けて現実的なアプローチだ。しかし、事業をグリーンかグリーンでないかに2分し、資金をできる限りグリーンの事業に向かわせるとの欧州流の考えでは、日本のカーボンニュートラル実現は覚束ない。そこで、情報開示のルール、タクソノミー(分類)について、欧州主導で世界の標準が固まる前に、日本の考えを反映させるように積極的に働きかける必要がある。「IFRS(国際会計基準)財団」が下部機関を設けて2022年6月の公表を目指し開示基準の検討に着手している。金融庁はそこでの議論に積極的に関与することを主張している。
そうしたことができなければ、サステナブルファイナンスの分野でも、日本は世界の標準から取り残されることになり、「グリーン国際金融センター」構想の実現どころではなくなる。
(参考資料)
「ESG投資環境整備急ぐ、環境偽装対応が課題に<特集:脱炭素化推進で変わる金融の役割>(1)金融庁とJPXが着手が情報開示仕方を検討」、2021年11月15日、創 省 蓄エネルギー時報
「グリーン国際金融センター」創設、情報の集積所か<特集:脱炭素化推進で変わる金融の役割>(3)高崎経済大・水口学長に聞く、2021年11月15日、創 省 蓄エネルギー時報
「金融庁、気候変動情報開示とG国際センター体制整備へ」、2021年9月30日、エネルギーと環境
「ESG投資呼び込みへ、「国際金融都市」を積極推進」、2021年7月22日、エネルギーと環境
「サステナブルファイナンス チャンスと課題(上)グリーンボンド市場創設」、2021年6月1日、日刊工業新聞
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