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大幅に引き上げられる賃上げ税制の控除率

12月10日にまとめられる予定の2022年度与野党税制改正大綱の議論が、大詰めを迎えている。その最大の注目点は、企業の賃上げを促す「賃上げ税制」の強化である。

現在の制度のもとでは、大企業が新規採用者への給与支払い分を前年度比2%以上増やした場合に、その増加分に対して法人税が15%控除される。中小企業については、給与の支払総額を1.5%以上増やせば増加分の15%が控除される。さらに教育訓練費を一定額以上増やすと大企業では5%、中小企業では10%の控除率が、それぞれ上乗せされる。最大の控除率は、大企業で20%、中小企業で25%である。

この制度が修正、拡充される。大企業については、前年度から継続雇用している従業員に対象を改め、賃上げ率の条件も「2%以上」から「3%以上」へ引き上げる方向で議論が進んでいる。一方で、賃金を4%以上増やした上に社員教育を充実させると、控除率は最大で30%となる。中小企業については、控除率を最大40%とする見通しだ。

「賃上げ税制」は、3%の賃上げ目標を掲げた安倍政権が2013年に導入したが、期待された効果はあげられなかった。その制度を強化するだけで、賃上げを促す効果が果たしてどれほどあるのか疑問、との声に応えるかのように、議論が進む中で控除率がどんどん引き上げられていき、大盤振る舞いとなった印象である。規模の大きさを求める声が高まる中、過去最大規模にまで膨れ上がっていった先般の経済対策と似た構図だ。

制度が利用できるのはごく一握りの好業績・優良企業

税制面からの強いインセンティブが与えられることで、企業の賃上げが促されることが全くないとは言わないが、目立った効果はあげられないのではないか。企業にとって税優遇の効果は一時的である一方、ひとたび基本給を引き上げれば、それは容易には引き下げられず、経営環境によっては収益を圧迫しかねない大きな負担となるからだ。将来の成長期待が乏しい中、一時的な税優遇だけで、企業が大幅な賃上げを決めるとは考えにくいところである。こうした小手先の政策ではなく、企業の成長期待を高める政策を進めることこそが、企業に賃上げを促す最良の策であり王道なのではないか。

ところで、企業にとって一人当たりの賃金支払いの増加率は、定期昇給分を除くベースアップ率に近いものとなる。仮に新卒採用者と定年退職者の数が等しく、雇用者数が一定の場合、年功序列の定期昇給分は、一人当たり平均賃金支払いの上昇にはつながらないからだ。そしてそのベースアップ率は、安倍政権の下でのピークでも+0.4%台半ばにとどまった。さらに、新型コロナウイルス問題によって、2021年にはほぼゼロ近傍まで低下した。

そのベースアップ率に近い一人当たり現金給与総額の所定内賃金(毎月勤労統計)は、昨年は前年比+0.2%、今年は最新10月の値で前年同月比-0.2%である。これが企業の賃上げの平均的な姿である。+3%、+4%の賃上げができる企業は、相当業績が良く、また将来の売り上げ増加期待が強い、ごく一握りの優良企業であるはずだ。

そうした優良企業が最大40%の税控除を受ける一方、厳しい経営環境で賃上げが実施できない多数の企業は、税控除を受けることができない。これは、企業の収益格差をさらに拡大させてしまうことになるだろう。

コロナ禍によって、企業間の業績の格差はかなり広がった。これを縮小させることが短期的には求められる中で、「賃上げ税制」の強化は逆に格差を一段と拡大させる方向に働く、という大きな問題を抱えているのではないか。

(参考資料)
「中小企業が賃上げしたら、税控除最大40%…政府・与党が方針」、2021年12月7日、読売新聞速報ニュース
「中小、最大40%税額控除、賃上げ優遇、政府、与党と調整へ。」、2021年12月7日、日本経済新聞
「賃上げ税制 大企業は給与総額4%増で最大30%控除」、2021年12月7日、産経新聞

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。