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クーポン支給の事務費に批判が高まる

現在開かれている臨時国会の補正予算審議では、18歳以下を対象にした一人当たり10万円の子ども給付金制度が、与野党間での最大の争点となりそうだ。10万円のうち5万円は、既存の児童手当の仕組みを活用して年内に現金で支給を始め、残りの5万円は来年春に向けてクーポンを基本に給付する方針だ。問題は、クーポンの給付に1,000億円近くの事務費がかかることが明らかになったことである。これが「無駄」な設計になっているとして、制度の見直しを求める声が高まっている。実際のところ、クーポンでの給付には問題が多い。

この子ども給付は、コロナ禍で所得が大きく減少した個人あるいは世帯を支援するという、本来のコロナ対策としての個人向け給付金の考え方に照らしておかしい設計となっている。子どもを給付の基準とするのではなく、働く人の所得が、コロナ問題でどの程度減少したかを基準にすべきであった。そして、所得が大きく減った個人、世帯に集中して支援する設計とすべきであった。

政府は、当初、全額クーポンでの給付を考えていたのではないか。それは、昨年の一律給付金、2009年の定額給付金などが、その大半が貯蓄に回り、個人消費につながらなかったとする批判に応えるためだ。そこで、教育、子育て関連の支出に使えるクーポンで支給すれば、確実に消費に回ると考えたのだろう。ただし、クーポンの支給には時間がかかることから、半分は現金として年内支給を目指したのである。

すべて現金で給付する方が良い

しかしそれは誤解である。本来、働いて得たお金で買おうとしていた教育、子育て関連の必要な商品を、クーポンで買えば、その分浮いたお金が、貯蓄に回るだけの話である。期限があるクーポンを使うことで、教育、子育て関連の支出が幾分前倒しされる可能性もあるが、将来の支出を加えた支出総額は変わらない。

他方、買いたいものがクーポン利用の対象にない場合、個人にとってクーポンの総額は、同額の現金よりも価値が低くなる。この点から、子ども給付金の給付対象となる個人、世帯は、すべて現金で受け取ることを望むはずだ。

こうした個人の効用の観点から考えても、クーポンでの給付は問題である。筆者は、既にみたように子ども給付制度に大きな問題があると考えているが、仮に実施するのであれば、クーポンをやめてすべて現金で行うべきだと思う。

一方、クーポンの給付に1,000億円近くの事務費を民間業者に支払うことについては、予算の無駄使い、との声が多い一方、それも経済効果を生むと評価する声も一部にはある。確かに、その事務費に相当する景気浮揚効果(GDP押し上げ効果)が生まれることが期待できる。

しかし、その効果は僅かなものである。そもそも子ども給付の最大の狙いは、個人、家計の支援策、セーフティーネット強化策であるはずだ。それを踏まえると、事務費相当の景気浮揚効果の有無や是非を議論すること自体、おかしなことだ。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。