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日本銀行の国債保有残高は減少

2022年に世界の主要中央銀行は、資産買い入れ額あるいは残高の縮小、政策金利引き上げなどの金融政策の正常化を進める可能性が高い。他方で日本銀行については、明示的な正常化策を採用する可能性はかなり低い。しかし、バランスシートの規模は縮小に向かうだろう。日本銀行はそれを正常化策とは呼ばないが、「事実上の正常化策」の側面がある。

日本銀行のバランスシートの負債側で大きな割合を示すマネタリーベース(日銀券発行高、貨幣流通高、日銀当座預金の合計)は、2021年12月末時点で670兆円となった。12月の平均残高は前年同月比で+8.3%であり、マネタリーベースは増加を続けている。しかしその増加率は、2021年4月の同+24.3%をピークに低下傾向を辿ってきている。その背景にあるのは、日本銀行の国債保有残高の縮小とコロナオペ残高の増加ペースの鈍化である。

2021年末時点で日本銀行が保有する長期国債は507.8兆円、短期国債は13.8兆円、合計で521.1兆円である。1年前の2020年末時点では、それぞれ494.3兆円、41.2兆円、535.5兆円だった。長期国債の保有残高は増加したが、短期国債の保有残高が急減したことで、合計の国債保有残高は減少したのである。

バランスシートの調整で日本銀行は先行か

コロナ禍への対応で急激に拡大した財政資金需要を、政府は短期国債の発行を急増させることで対応した。長期金利の上昇のリスクを恐れて、長期国債の新規発行を抑えたのである。

他方で日本銀行は、政府が発行したこの大量の短期国債を買入れ、吸収することで短期金利の上昇を抑えた。しかし、償還期間が短い短期国債に依存する財政ファイナンスは、グロスの国債発行額を膨らませるなど、不安定な構造でもある。そこで、来年度予算では、政府は長期、超長期国債の発行を増やすことで国債発行の正常化に動く見通しである。

短期金利急騰リスクの後退や、こうした政府の国債発行姿勢の変化に対応する形で、日本銀行も短期国債の保有残高を減少させたのである。これは、一種の正常化と言えるだろう。

米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年11月に資産買い入れ額の段階的縮小、いわゆるテーパリングに着手し、12月にはそのペースを速めた。欧州中央銀行(ECB)も12月に資産買い入れ策の一部の停止を決めた。イングランド銀行(BOE)は12月に政策金利の引き上げを決めた。

日本銀行は政策変更とは説明していないものの、2021年にはETFの買入れ額を大幅に縮小し、また、短期国債の買入れ額を減らすことで国債保有残高を縮小させた。バランスシートの調整という観点からは、日本銀行は他の中央銀行よりも早く正常化を進めていると言える状況である。

マネタリーベースは縮小へ

そして、2022年には、日本銀行が従来、重要な政策目標に据えてきたマネタリーベースも縮小に向かう可能性が高い。コロナ禍を受けて日本銀行のバランスシートが急増する最大の要因となったコロナオペは、足もとで82.2兆円と巨額であるが、その増勢は既に一巡しつつある。

日本銀行は昨年12月17日に、2022年3月末が期限だったコロナオペを2022年9月末まで延長することを決めた。ただし、コロナオペの対象となるコロナ関連融資のうち、信用保証付き貸出である「制度融資分」については、従来、+0.1%の付利と2倍のマクロ加算というインセンティブが付与されていたが、これを+0%の付利(貸出促進付利制度のカテゴリーⅢ)、2倍ではなく貸出相当額のマクロ加算へとそれぞれ修正した。銀行がこの制度を利用するインセンティブを低下させたのである(コラム「 日銀がコロナオペを延長、正常化に動く海外中銀との政策姿勢の違いが明確に 」、2021年12月17日)。

この決定を受けて今年4月以降、コロナオペ全体の利用額は顕著に減っていくだろう。遅くともその時点で、日本銀行のマネタリーベースは縮小に転じることが予想される。

マネタリーベースが減少しないように、コロナオペの枠組みをそのまま延長することや、コロナオペの後継制度を作ることも日本銀行はできたであろうが、それをしなかったのである。これは正しい決定だ。いたずらにバランスシートの肥大化を長期化させるのは、副作用を高めることから妥当ではない。

日本銀行も円安抑制効果に期待か

ただし、マネタリーベースが縮小すると、物価上昇率が2%を上振れるまでマネタリーベースの拡大を続けるとの日本銀行の方針(約束)、いわゆる「オーバーシュート型コミットメント」に反することになる。日本銀行は、これはコロナ禍の影響による一時的な現象であり、約束を違えることにはならないと説明するだろう。しかしこのことは、「オーバーシュート型コミットメント」が事実上、後退することを意味するのではないか。長期国債の買入れ縮小、ETFの買入れ縮小、上乗せ付利導入によるマイナス金利の希薄化などと並んで、日本銀行の「事実上の正常化」の一環と位置づけられるのではないか。

マネタリーベースの縮小が経済、物価に直接与える悪影響は限られようが、金融市場には一定の影響を与える可能性はあるだろう。為替市場では円高要因となり得るのではないか。足もとでは再びドル高円安傾向が見られている。原油価格高騰などと同時に生じる円安は、輸入物価を押し上げ、企業のコスト高や家計の生計費を上昇させる「悪い円安」と捉えられやすい。現在世間に広がる「悪い円安論」はやや行き過ぎの感が強いが、日本銀行はそうした世論をかなり気にするのである。

足もとでの国債保有残高の縮小、そして今後のマネタリーベースの縮小について、日本銀行は、正常化策ではないと従来通りに説明する。しかし、金融市場がそれを「事実上の正常化」の一環と受け止めることで、円安進行の歯止めとなるのであれば、それは日本銀行が望むところでもあるだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。