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物価の高騰が定着しないようにする

昨年バイデン米大統領から再任の指名を受けたパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、現地時間11日に上院銀行委員会での指名承認公聴会で証言を行う。そのテキストが現地時間10日(日本時間11日)に公表された。そこでは、議員そして国民の大きな関心事となっている物価高騰と戦う、強い意思表明がなされている。

テキストでは、コロナ禍にもかかわらず、米国経済が急速に回復してきたことを指摘するとともに、その過程で生じる物価高騰がもたらす弊害に言及している。そのうえで、金融政策を通じて景気と強い労働市場を支えるとともに、物価の高騰が定着しないようにする(prevent higher inflation from becoming entrenched)との姿勢が表明された。これは、物価高騰を一時的な現象にとどめるためにFRBが闘っていく意思表明と言えるだろう。

他方で、パウエル議長は、コロナショック後の経済について、不確実性が高い点も強調している。「我々は、パンデミック後の経済が幾つかの点で従来と異なると考え始めている」と述べている。具体的な説明はないが、従来と異なる現象の代表が、物価高騰なのであろう。その上で、FRBがその使命を達成するうえで、従来と異なる点を考慮に入れる必要がある、としている。さらに、「金融政策は幅広くフォワードルッキングな視点に基づき、常に変化する経済情勢と平仄を合わせなくてはならない」としている。

利上げの前倒し実施の観測が高まる

これらは、コロナショック後の経済は、従来の景気回復時と比べて不確実性が高いため、金融政策運営も臨機応変に行う姿勢であることを意味している。それは、金融市場にとっては金融政策の予見性が高くないことを意味しよう。

本来、金融政策は経済の需要側に働きかけるものだが、足元の物価高騰は、人手不足など供給側の要因によるところも少なくない。このような状況では、金融引き締め策がどの程度物価の安定に貢献するのかは不確実である。この点を理解したうえで、FRBはインフレファイターとしての姿勢を議会、国民、金融市場に強くアピールすることを強いられているのが現状だ。

その結果、金融市場は利上げ(政策金利の引き上げ)が前倒しで実施されるとの観測を一層強めている。FF金先市場では、2022年末までに0.9%ポイントのFF金利引き上げが織り込まれている。これは、0.25%ずつ3回強の利上げが予想されている状況だ。昨年末時点では、3回程度であった。ゴールドマン・サックス・グループやJPモルガン・チェースは、2022年中に4回の利上げを予想している。

ビハインド・ザ・カーブを恐れるFRB

仮に今年3月に利上げが開始され、その後6回の米連衡公開市場委員会(FOMC)で毎回利上げが行われるとすれば、2022年中の利上げ回数は7回、合計で1.75%の利上げ幅となる。最も極端な場合には、ここまで利上げ期待が高まる可能性があるだろう。

FRBは、インフレファイターとしての強い意志を示す一方で、先行きの不確実性を反映して柔軟かつ慎重な姿勢で利上げを進めていく構えだろう。しかし、金融政策がビハインド・ザ・カーブに陥り、利上げが遅れることで物価高騰が定着してしまうという懸念が市場に広まることをFRBは恐れる。その結果、FRBは市場の利上げの前倒し観測に引き摺られた政策運営に陥る可能性もあるだろう。それは、ある時点で急激に景気の下振れリスクを高めることになるのではないか。

(参考資料)
" Testimony by Chair Powell at his nomination hearing ", FRB, January 11, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。