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金融市場は経済への影響を意識した地政学リスクに注目

米国防総省は24日、ウクライナ国境周辺へのロシア軍の兵力集結を受けて、必要なら東欧でNATO(北大西洋条約機構)部隊を支援するため、最大8,500人の米軍部隊の準備態勢を強化したことを明らかにした。米ロ間の外交交渉では両国間の溝は埋まらず、米国防総省は、ロシアのウクライナ侵攻がもはや避けがたいと想定し始めている可能性がある。

ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、金融市場が大きく動揺を始めた。1月24日の米国市場で、ダウ平均株価は一時1,000ドルを超える下落となった。25日の日本市場では、日経平均株価が一時600円を超える下落となり、また、円高が進んでいる。地政学リスクの高まりを受けて、金融市場はリスク回避の傾向を強めているのである。

ただし、金融市場はウクライナを巡る軍事的衝突のリスクを漠然と意識しているだけではない。それがもたらす経済への悪影響を感じ取ったため、比較的大きな反応を見せたのである。

例えば、北朝鮮は1月に入って立て続けに短距離ミサイルを発射し、さらに核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の再開を示唆しているが、金融市場はほとんど反応していない。金融市場は北朝鮮の瀬戸際外交に慣れてしまったうえ、軍事デモンストレーションだけでは経済的な影響がないためだ。

ロシアは世界のエネルギー供給に大きな影響

重要なのは、ロシアは原油と天然ガスの主要産出国であり、また、ロシアから欧州に向かう天然ガスの大半は、ウクライナを経由するパイプラインを通じて供給されているという事実が、金融市場の大きな懸念となっているのである。

ロシアと欧米の間にひとたび軍事的な衝突が起これば、それらの供給に支障が生じ、エネルギー価格の急騰が世界経済に一段の打撃をもたらす可能性がある。また、ロシアがウクライナに侵攻した後に、欧米諸国がロシアに経済制裁をかける場合には、ロシアから海外への原油と天然ガスの供給が減少する可能性がある。さらに、ロシアが制裁への報復措置を講じる場合には、欧州への天然ガスの供給を減らす可能性もある。年末以降、新規感染の急激な拡大の影響に、エネルギー価格の急騰が加われば、世界経済には大きな逆風となってしまう。

欧米の弱みを突くロシア

ロシアがウクライナ東部に紛争を勃発させてから8年が経過している。東部ではロシアが後ろ盾となっている分離派勢力とウクライナ軍による交戦が続いている。他方、欧米諸国はウクライナ軍に兵器や訓練を提供している。ロシアは、欧米諸国の影響力が取り返しのつかないほど高まる前に、ウクライナに関して行動しなければならないと考えていると見られる。

ロシアがウクライナに軍事侵攻をしても、欧米諸国が軍事力を行使する可能性は低いと、ロシアは見切っている可能性があるだろう。海外での軍事活動に対する米国民の批判は大きい。既に低迷しているバイデン政権の支持率を一段と押し下げ、中間選挙に決定的な打撃となること恐れて、バイデン政権は武力行使に慎重、とロシア側は考えているのではないか。

また、ロシアのウクライナ侵攻に対して、西側諸国は結束した行動を示せないとロシア側が考える根拠の一つは、ドイツのエネルギー事情である。ドイツは2022年末までの原発廃止を決定した。さらに石炭による発電の比率を下げていく。その結果、ロシアからのエネルギー輸入に対する依存度はかつてないほど高まっており、さらにその傾向は先行き一層強まるのである。

EU諸国のガス輸入に占めるロシア産の比率は平均40%前後だが、ドイツでは50%以上になっている。これでは、ロシアに対して強い態度をとることは難しい。

ロシアと中国の連携強化も

ロシアがウクライナに侵攻をした場合、米国はロシアに対して経済制裁を科す考えを明らかにしている。その中には、ロシアの銀行のドル調達を制限することも含まれそうだ。それは、ロシア経済には打撃となることは明らかだ。しかし、その場合、ロシアは中国から支援を受けられることを期待しているのではないか。

ロシアのウクライナ侵攻は、その後の軍事的な紛争の高まりよりも、エネルギー価格への影響といった経済的な影響に金融市場は注目している。さらに、それがロシアと中国の連携の強さを改めて確認させるものとなれば、先進国陣営と反米陣営との間での世界の政治・軍事的対立、世界経済の分裂といった、漠然ながらもより大きく深刻な将来のテーマを、金融市場は読み込み始める可能性があるのではないか。

(参考資料)
"Germany’s Reliance on Russian Gas Limits Europe’s Options in Ukraine Crisis", Wall Street Journal, January 24, 2022
"How Events in the U.S., Germany and China Embolden Putin", Wall Street Journal, January 25, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。