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JAL、JFEホールディングスが相次ぎトランジションボンド(移行債)を発行

JALは2月2日に、航空業界として世界初となるトランジションボンド(移行債)の発行計画を公表した。1月20日にはJFEホールディングスが、製造業としては日本で初めてとなるトランジションボンドの発行を発表したばかりだ。

日本では、他国と比べてトランジションボンドの発行が遅れていた。脱炭素の資金を調達する手段として最も普及しているのが、グリーンボンド(環境債)である。ところが、CO2排出量が多く環境負荷が高い産業では、グリーンボンドの発行は要件が厳しい。しかし、CO2排出量が多く環境負荷が高い産業でこそ脱炭素化が進まないと、2050年のカーボンニュートラルは実現できない。

そこで、経済産業省などは、日本でのトランジションボンドの発行が進むよう、環境整備を進めてきたのである。昨年7月には日本郵船が日本で初めて、トランジションボンドを発行した。

JALは、CO2排出量の少ない省燃費性能の高い最新鋭の航空機への更新や、代替航空燃料(SAF)の搭載量拡大などにより、2050年の総排出量実質ゼロの目標達成を目指している。トランジションボンドの発行により調達される資金は、そうした目的に利用されるとみられる。他方JFEホールディングスは、水素製鉄、電気炉での高級鋼製造に関する研究開発資金、バイオマス・地熱・太陽光発電の再生可能エネルギー事業に関する設備投資などに資金を充てる予定だ。

経済産業省などは分野別ロードマップの策定を進める

トランジションボンド、トランジションレンディング(移行融資)など、トランジションファイナンスの市場整備を進めてきたのが国際資本市場協会(ICMA)である。ICMAは2020年12月に、発行体向けのガイダンスとして「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」を公表した。そこでは、資金調達者が満たす必要がある4つの要素を挙げている。それは、「資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス」、「ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ」、「科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)」、「実施の透明性」である。

このICMAのガイダンスに基づき、日本では金融庁、経済産業省、環境省が国内向けのトランジションボンドの基本方針を定めた。そこでは、「資金使途特定の有無は問わない」としている。資金使途がグリーンプロジェクトに限定されているグリーンボンドとは、この点が異なるのである。また、「調達した資金の充当対象のみでは判断されず、資金調達者の戦略や実践に対する信頼性を重ね合わせて判断される」とした。

トランジションファイナンスの普及を促進するために経済産業省は、パリ協定と整合する形で、7業種(鉄鋼、化学、電力、ガス、石油、セメント、製紙・パルプ等)の分野別ロードマップの策定を進めている。既に鉄鋼、化学については公表されている。JFEホールディングスのトランジションボンドの発行は、昨年10月に策定された「鉄鋼分野における技術ロードマップ」を踏まえたものである。それらの後押しによって、日本企業のトランジションボンド発行は、今後多くの業種に広がっていくことが期待される。

金融の力だけで脱炭素社会を実現するのは難しい

世界が脱炭素社会へと移行していく過程で、金融が果たす役割は大きいだろう。従来は、コストとして十分に認知されていなかった二酸化炭素排出量の社会的コストを金融商品の価格に反映させる「外部不経済の内部化」は、脱炭素社会の実現に不可欠な資源配分の見直しに資するものだ。二酸化炭素排出量削減に取り組み、気候変動リスクという社会的コストの削減に取り組む企業に対して、投資家が低金利の社債の購入や株価上昇で益利回りが低下した株式の購入を進め、二酸化炭素排出量削減のコストを最終的に投資家が負担する仕組みとなる。

しかし、そうした金融の役割が、脱炭素社会の実現に向けて十分に機能することは保証されていない。日本でも、グリーンボンドの発行などのサステナブルファイナンスやESG投資は増加してきているが、各産業、各企業が2050年のカーボンニュートラルの達成に必要な二酸化炭素排出量を削減するように促すメカニズムまでは、金融には備わっていない。

現状でも、二酸化炭素をあまり排出しない環境負荷の低い企業が、グリーンボンドを発行して大量の資金調達をし、環境問題への取り組みをアピールする一方、トランジションボンドの発行などを通じた、環境負荷の高い企業の資金調達はあまり進んでこなかった。それでは、脱炭素化社会は実現できない。

脱炭素社会の実現に向けて金融分野でも政府のリーダーシップは必要

また、通常の社債とグリーンボンドの間での利回りの差、いわゆるグリーミアムも概して小さく、二酸化炭素削減に取り組む企業にとって、発行条件がグリーンボンドを発行する強いインセンティブとはなっていない。

本来は、環境負荷の高い企業が二酸化炭素の大幅削減に取り組む際には、それに見合って大きなプレミアムが市場価格につき、発行に向けた強いインセンティブを生じさせることが期待されるが、実際はそうはなっていないのである。また、現在の超低金利環境の下では、事実上のゼロ金利制約がある社債の利回りに、大きなプレミアムは生じないだろう。

脱炭素社会への移行には、金融の力、市場メカニズムを最大限利用すべきではあるが、それだけでは脱炭素社会への移行は実現できず、政府の強い関与がどうしても必要になってくる。この観点から、カーボンプライシング(炭素税、排出権取引など)の導入は検討すべきだ。さらに金融面では、環境負荷の高い企業が二酸化炭素の大幅削減に取り組むことを助ける、トランジションボンド、トランジションレンディングなど、トランジションファイナンスを促す施策が必要である。

そうした分野で適切な価格形成がなされるよう、当局は過剰な介入にならないことに留意しつつも、必要に応じて一定程度関与していくことが求められる。さらに、トランジションファイナンスを後押しするものとして、経済産業省が現在進める分野別ロードマップの策定などは、非常に有効な策だと言えるだろう。

(参考資料)
クライメート・トランジション・ファイナンス・ ハンドブック 発行体向けガイダンス 」、2020 年 12 月 9 日、国際資本市場協会(ICMA)
「JAL、トランジションボンドを発行」、2022年2月2日、日本経済新聞電子版
「JFEが脱炭素化へ移行債発行、モデル事業指定(環境金融)」、2022年1月27日、エネルギーと環境
「ESGファイナンス飛躍の1年、21年キーワード分析、海運で「トランジション」船出(R&Iの視点)」、2021年12月19日、日経ヴェリタス
「[脱炭素の実像-資金を確保せよ](2)環境債、移行債、リンク債」、2021年11月18日、電気新聞

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。