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グリーンボンドに3つの試練

グリーンボンド(環境債)には、通常の社債よりも利回り水準が低くなるプレミアム、いわゆる「グリーニアム」が付くことが期待される。環境に配慮したプロジェクトの資金調達のために発行されたこの債券は、通常の債券よりも価格が高く、利回りが抑えられる傾向があるのである。グリーンボンドが依然発展途上にある日本では、グリーニアムは未だ定着していないが、他国では既に一般的になってきている。ただし、昨年秋以降、海外市場ではそのグリーニアムが縮小する傾向が見られ始めた。

その背景としては、主に3点考えられるのではないか。第1は、グリーンボンド投資に対する、投資家の眼が厳しくなってきたことだ。昨年の第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)でも議論は高まっていたが、グリーンボンドの発行体が資金の使途を偽り、調達した資金をグリーン関連事業に必ずしも利用していないという「グリーンウォッシュ(ごまかし)」に対する批判が高まっている。これを受けて、世界の規制当局も、発行体の情報開示を強化する取り組みを進めている。その結果、プレミアムが剥落するグリーンボンドが出てきているのだろう。

第2に、グリーンボンド、あるいはサステナブルボンドがブームとなり、需要が急速に高まる中で拡大していたグリーニアムが、ブームにやや陰りが見えてきたことで縮小に転じた、という側面もあるのではないか。

この第1、第2は、ともにグリーンボンド市場が整備され、成熟してきたことの反映、と前向きに捉えることもできるのではないか。より信頼性が高く、一時的なブームでは終わらない、市場の持続的な成長への関門とも言えるかもしれない。

第3は、世界的な金融引き締め策、金利上昇懸念の影響である。足もとでは金利上昇懸念が、益利回り、配当利回りの低いハイテク株、グロース株に打撃を与えている。社債市場では、金利上昇懸念が通常の社債よりも利回りの低いグリーンボンドの投資魅力を低下させ、投資家の需要をやや低下させている可能性もあるだろう。それが、グリーニアムの縮小につながっている面があるのではないか。ただしこれも、どのような金融環境の下でもグリーンボンドが持続的に成長するための一種の試練と言えるかもしれない。

企業と投資家が社会的課題の解決に向け協調

このような試練を経て、グリーンボンド、サステナブルボンド市場が持続的な成長過程に入っていくためには、投資家の意識もさらに成熟することが必要であるかもしれない。グリーンボンドへの投資、あるいは広くESG投資の本質は、企業と投資家とが、社会的課題を解決するために連携することであるように思える。例えば企業は、自らコストをかけて、気候変動リスクを高める二酸化炭素の排出量削減に取り組む。それは社会的コストを低下させることから、そのコストの一部を投資家が負担することになる。これは「外部不経済の内部化」であり、それを実現させているのは、グリーンボンド、サステナブルボンド等の金融の仕組みである。

通常の債券よりも低い金利を受け入れることで、投資家は気候変動リスクのコストを負担することになる。その分、企業の資金調達コストは下がり、気候変動リスク対応を進めやすくなる。

あるいは、二酸化炭素の排出量削減に積極的に取り組む企業は、社会的コストを低下させていることから株価上昇という形で企業価値が高まる。その結果、投資家はより低い益利回り、配当利回りを受け入れることになるのである。他方、企業にとっては資本コストが低下する面もあるかもしれない。

このように、グリーンボンドあるいはサステナブルボンドは、金融市場を使って企業と個人がコストを分け合い、協力して社会的課題に取り組んでいく仕組みである。社会への貢献という意識よりも、グリーンボンドへの投資、ESG投資はより儲かるとの意識が強いもとで、投資家が資金を投入している間は、それらが持続的な成長過程に入ったとはまだ言えないのかもしれない。

(参考資料)
"ESG Investing Can Do Good or Do Well, but Don’t Expect Both", Wall Street Journal, January 26,2022
"Shine on Sustainable Bonds Wears Off, Especially for Riskiest Borrowers", Wall Street Journal, October 21,2021
「サステナブル関連の債券市場、急成長 懸念材料も-モラル・マネー 投資の新潮流を紹介」、2022年2月3日、フィナンシャルタイムズ
「ESG債投資、金融引き締めで逆風 グリーニアム転機も」、2022年1月27日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。