SWIFT制裁は見送ったがロシアの大手銀行のドルへのアクセスを制限
日本時間24日のロシアのウクライナ本格侵攻を受けて世界の金融市場は大きく動揺したが、24日の米国市場、25日の日本市場はいったん安定を取り戻す形となった。24日にバイデン大統領が公表した追加経済制裁の内容が予想の範囲内にとどまったことが、そのきっかけだろう。金融市場は、軍事紛争そのものよりも、先進国の対ロシア経済制裁、あるいはロシアによる報復制裁がもたらす実体経済への影響、特にエネルギー価格への影響を注視していることが改めて確認された。
ただし、第1弾の制裁措置と比べれば、追加制裁措置は実効性がやや高まったと評価できるだろう(コラム、「 第1弾の対ロ制裁よりも追加措置が世界経済・金融市場に大きな打撃に 」、2022年2月24日)。
第1は、ロシアの軍事、バイオ、航空・宇宙産業で使われる半導体、通信機器などのハイテク製品のロシア向け供給を停止するものだ。米国の技術が使われたハイテク製品やソフトウエアについては、米国以外からのロシア向け輸出も規制の対象となる。ロシアに強みがあり、ロシアが重要分野と位置付ける産業の将来の成長の芽を摘む措置であり、やや長い目で見てロシア経済に打撃となる。この措置は、米国が、日本や他のアジア諸国とも連携して発動することを以前から準備してきたものであり、事前に予想されていた措置だ。
第2に、ロシア最大の銀行ズベルバンクと他の金融機関4社を制裁の対象とし、米国金融機関との取引(コルレス業務)を原則禁止する。これらの合計の資産規模は1兆ドルとされる。米国は、ロシアの全ての銀行、あるいは一部の銀行をSWIFT(国際展示場銀行間通信協会)から排除して、ドル建てを中心とした国際決済をできなくする措置を検討している。ただし今回は、欧州の反対があり実現できなかった、とバイデン大統領は説明している。
SWIFT制裁は、全てのロシアの銀行を排除することが最も厳しい措置、その手前の措置が、ロシアの主要銀行を排除するものだ。今回の措置はそのまた一歩手前の措置と位置づけられる。バイデン大統領は、今回の措置はロシアの主要銀行をSWIFTから排除するのと同様の効果があり、同国がドル、ユーロ、ポンド、円で取引する能力を制限する、と説明している。実際、ドルの調達はかなり難しくなると見られる。
ブーメラン効果に配慮してなお厳しい制裁に踏み込めない面も
一方、バイデン大統領は、この為替取引の制限からエネルギー支払いを除外する、とも説明している。これは、ロシアの原油、天然ガスの輸出には直接制限を掛けないことを意味している。エネルギー価格の高騰で先進国経済に大きな打撃が及ぶことを避ける狙いである。
SWIFT制裁であれば、エネルギー関連の決済だけを例外措置とすることはできないが、米国金融機関との取引(コルレス業務)を原則禁止する措置では、そのような対応が可能となる。先進国に対する配慮をせざるを得ないことが、米国がロシア制裁の制限してしまっていることが改めて明らかになった。
それ以外に米国は、ロシアの大手国有銀行による欧米投資家からの資金調達を禁じる措置を打ち出す計画だ。
制裁措置は段階的に実効性が高まる方向
米国と歩調を合わせて英国や日本も追加制裁措置を打ち出した。日本の措置は第1に、資産凍結と査証発給停止による個人、団体などへの制裁、第2に、金融機関を対象とする資産凍結といった金融分野での制裁、第3に、軍事関連団体に対する輸出、国際的な合意に基づく規制リスト品目や半導体など汎用品のロシア向け輸出に関する制裁、である。
今回の先進国の追加制裁措置は、第1弾の措置よりもやや踏み込み、ロシアには一定の打撃を与えるものとなった。しかし、対ロシア制裁措置がエネルギー価格の上昇を通じて先進国経済への打撃に跳ね返ってくる影響に配慮して、依然として抑制された措置にとどまっている面もある。
今後のウクライナでのロシアの行動次第では、米国など先進国は制裁をさらに強化していくことになる可能性は高い。現状ではなお措置を温存している状況なのである。その追加措置には、エネルギー関連も含めて、米国金融機関のロシア大手5行の取引を制限する、SWIFTからロシアの大手銀行を除外する、SWIFTからロシア銀行すべてを除外する、など何段階か考えられる。
制裁を強化するほど、ロシアに大きな打撃を与えることができる一方、エネルギー関連上昇を通じて、先進国にもその打撃が返ってくる。いわゆる「ブーメラン効果」が生じる。SWIFTからロシア銀行すべてを除外する決定はハードルが高いかもしれないが、一部の主要銀行を除外することは、今後の追加制裁措置の中で実施される可能性はあるだろう。
今後、段階的に追加制裁措置を打ち出す中で、その実効性も高まっていき、ロシアに与える打撃が高まるとともに先進国が被る打撃も並行して高まっていくだろう。それは世界経済にとって大きな懸念材料だ。今後も金融市場は追加制裁措置の内容を見極め、不安定な動きを続けることが見込まれる。
(参考資料)
Biden Says U.S. Will Sanction Five Russian Banks, Bloomberg, February 24, 2022
「ロシア最大手銀のドル決済禁止=「主要市場から排除」」、2022年2月25日、時事通信
「ロシア金融機関の資産凍結、半導体輸出規制もー日本も追加制裁」、2022年2月25日、ブルームバーグ
プロフィール
-
木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。