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ルーブル暴落、大幅利上げでロシア経済は急速に冷え込むリスク

28日にロシアの通貨ルーブルは急落した。ルーブルは一時対ドルで119ルーブルと史上最安値を付けた。ロシアがウクライナ侵攻を決めた24日につけた1ルーブル90ドル程度を、一時的には3割近くも下回ったのである。

そのきっかけとなったのは、2月26日に先進国がロシアの銀行の一部をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することを決めたことだ。その結果、ルーブルの信頼性は大きく落ちた。主要通貨との交換が難しくなれば、流動性は大きく下がり、その分、価格が下がるのは自然なことである(コラム、「 先進国が狙うルーブル急落とその波及効果 」、2022年2月28日)。

さらに先進国は、SWIFT制裁と同時に、ロシア中央銀行が海外の中央銀行に預けている外貨を凍結する措置を決めた。この結果、ロシア中央銀行は主要通貨を用いた為替介入でルーブルを買い支えることが難しくなったのである。「SWIFT制裁」と「外貨準備の凍結」という2つの措置が重なったことで、28日の市場でルーブルが大きく下落したのである。

主要国に外貨準備を凍結され、介入資金を失ったロシア中央銀行は、通貨防衛のために、政策金利を一気に2倍近い20%にまで引き上げた。通貨の大幅安による輸入品の価格高騰と急激な金融引き締め策によって、ロシア経済が急速に冷え込む可能性が高まっている。

制裁強化でロシアの貿易は3分の1まで縮小も

SWIFT制裁に加えてルーブルが暴落することで、ルーブル建ての国際貿易にも大きな打撃が及ぶことは必至だ。ルーブル建てで海外がロシアに製品を輸出した場合、受け取り代金のルーブルが大幅に目減りすることになるため、輸出を見合わせる動きが出てくるからである。

今後、SWIFTから全てのロシアの銀行を排除し、さらに現在は米国が行っている、ロシアの銀行と米銀のコルレス業務(外国決済代行)を停止する措置を、他の主要国でも行えば、ロシアは主要国との間の貿易がほぼできなくなるだろう。

2020年上期で、ロシアの貿易の最大の相手国は中国で、その比率は18.1%である。米国は4.7%、日本は3.1%だ。ロシアの友好国では、中国に加えて、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベクスタンなどが貿易相手国の上位20の中にある。先進国からの制裁を受けても、なお貿易が続けられそうなロシアの友好国との貿易の比率は、上位20位で見ると35.8%である。

こうした友好国との間の貿易でも、ドルなど主要通貨での決済の比率が小さくないが、ロシアは制裁措置に備えて、その比率を下げてきたのである。米議会調査局によると、2013年時点でロシアからブラジル、インド、中国、南アフリカへの輸出の95%は米ドルで代金を支払っていた。2020年にドル建てで請求したものは10%にとどまるという。そこで、友好国との間の貿易でもなおドルなど主要通貨の比率が10%あるとして、その分の貿易は制裁措置で停止してしまうと考えよう。

その場合、制裁措置の影響を免れる友好国との貿易部分は貿易全体の32.2%となる。最大限に制裁が強化された場合には、ロシアの貿易は3分の1まで縮小する計算だ。ただし、ルーブル下落の影響を考慮すれば、それ以上に縮小する可能性も否定できない。

ロシア経済悪化とエネルギー価格高騰が世界経済のリスクに

2018年のイランのSWIFT制裁の場合には、イランの輸出は同様に3分の1となり、GDPは8%程度低下した。仮に制裁措置による貿易縮小や通貨安による国内個人消費への打撃などによってロシアのGDPが10%減少する場合、ロシアの名目GDPの世界全体に占める比率1.66%(2020年、IMFによる)から計算すると、世界のGDPは直接的に0.17%低下することになる。これも相応な打撃ではあるが、それ以上に世界経済への打撃となるのは、ロシア制裁の強化に伴うエネルギー供給への打撃とエネルギー価格高騰の影響である。

今後、先進国が段階的に対ロシア制裁を上記で示したように最大限まで強化する場合には、ロシア経済の悪化とエネルギー価格高騰の2つが重なって、世界経済へのリスクは、GDPでー0.5%~-1.0%など、かなり大きく高まることになるだろう。

(参考資料)
「金融制裁とは 資産凍結・送金停止で経済活動締め付け-きょうのことば」、2022年2月26日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。