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ウクライナ情勢とFRBの利上げは金融市場の2大懸念

ウクライナ情勢についての金融市場の大きな関心の一つは、それが米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ(政策金利引き上げ)にどのような影響を与えるか、という点である。ウクライナ情勢を受けたエネルギー価格の高騰、金融市場の混乱のリスクとFRBの急速な利上げとは、金融市場にとって2大懸念材料であるが、両者が連動してきているのが現状だ。

ウクライナ情勢の悪化がエネルギー価格の高騰、ロシア経済の急速な悪化、金融市場の混乱を引き起こせば、FRBは利上げに慎重になる可能性がある。ただし、ウクライナ情勢の悪化を受けても、FRBが3月15・16日の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げ、つまり政策金利であるFF(フェデラルファンズ)金利の誘導目標を現状の0%~0.25%のレンジから引き上げる、との予想は修正されていない。しかし、引き上げ幅の見通しには、ウクライナ情勢悪化の影響が既に出ているのである。

米国1月消費者物価が前年同月比+7.5%と1982年以来の高い上昇率となった2月10日時点で、市場のFF金利の先行き見通しを反映するFF金先市場では、3月のFOMCで0.5%の利上げをほぼ織り込んだ。しかし、その後のウクライナ情勢を受けて0.5%幅の利上げ観測は徐々に後退し、現時点では、市場は丁度0.25%の利上げを織り込んでいる状況だ。

3月に0.25%の利上げが市場、FRB内のコンセンサスに

過去を振り返ってみても、0.5%幅での利上げは普通のことではなく、2000年に0.50ポイントの利上げが実施されて以降、1回の利上げ幅はすべて0.25ポイント幅となっている。実際、FRB内では3月に0.25ポイントの幅での利上げを支持する向きが大勢だ。

ウォラー理事は、会合前に発表される雇用・CPI統計が予想以上に上振れすれば、3月に0.5%幅の利上げも必要になると発言しているが、3月だけでなく向こう数回の会合のいずれかで0.5%の利上げを支持しているFRB当局者は、ウォラー理事を含めてわずか2人しかいないようだ。3月4日発表の2月米雇用統計と3月10日発表の2月消費者物価指数が、よほど上振れない限り、現状では3月15・16日の次回FOMCで0.25%幅の利上げが行われる可能性が高い状況だ。

他方、3月以降7回のFOMCごとに0.25%ずつの利上げが行われる、というのが金融市場の比較的平均的な見方となっている。その場合、今年中の利上げ幅は合計で1.75%、0.5%幅の利上げが1回入れば合計で2.0%となる。これは、かなり急速な利上げペースである。前回の利上げ局面を振り返ると、2015年の12月に0.25%の政策金利引き上げ、2016年12月にさらに0.25%の引き上げ、1年程度で合計0.5%程度の利上げのペースだった。今回は、その4倍もの程度のペースとなる可能性が予想されているのである。そこには相応のリスクがあるのではないか。

ウクライナ情勢はロシア金融・経済に打撃も世界への影響は現状大きくない

供給側の要因を多分に含む、コロナ問題に端を発する特殊な物価高騰に対して、金融引き締めの効果は不確実である。そうした中、ウクライナ問題でエネルギー価格の高騰が続けば、FRBは急速な利上げを実施せざるを得なくなり、いずれはそれが景気の悪化を引き起こし(いわゆるオーバーキル)、また、金融市場の調整を引き起こす可能性がある。

金融政策の局面は違うが、2008年前半にWTI原油先物価格が1バレル147ドル程度と史上最高値まで上昇した後、2008年後半にリーマンショック(グローバル金融危機)が生じた流れとも似てくる。

ウクライナ問題で金融市場が動揺しても、現在の物価情勢を踏まえると、FRBが緊急緩和などを行って金融市場を助けることは期待できない(コラム「 FRBが救世主にはなれないウクライナ情勢による金融市場の混乱:中国の対応も市場の注目に 」、2022年2月22日)。利上げの先送りさえも、現状では可能性は低いのである。金融市場は大きな下支えがない状況で、不安定な構図にあるとも言えるだろう。

ウクライナ情勢の悪化はFRBの利上げ懸念を緩和しない

ウクライナ情勢については、現状までの先進国による経済・金融措置だけで、ロシア金融・経済は相当に悪化する見通しがたってきた(コラム「 ロシアの外貨準備半減と深まる金融面での危機 」、2022年3月1日)。しかし、世界経済・金融市場におけるロシアの影響力は大きくないことから、ロシアの危機は世界の危機とはならず、先進国の金融市場は大きく動揺している状況ではない。こうした中では、FRBの利上げは、少なくとも年前半は着実に進められていくことが予想される。

ウクライナ情勢の悪化という大きな懸念材料は、FRBの利上げというもう一つの大きな懸念材料を緩和する方向には働かないのである。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。