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ウクライナ侵攻で注目集めるヘッジファンドの傷跡

物価高騰に対応する米連邦準備制度理事会(FRB)の急速な金融引き締めへの懸念は、年初から世界株式市場の大きな重しとなっている。これにロシアのウクライナ侵攻が加わり、金融市場の不透明感は一気に高まったのである。ヘッジファンドも、こうした環境変化、市場の荒波に苦慮しており、大きな投資損失を出すところも出てきている。

1998年のロシア(通貨)危機の際には、米国の大手ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が巨額の損失を出して破綻し、それが世界の金融市場に大きな悪影響をもたらした。その経験から、ヘッジファンドの動向に現在関心が集まっている。

金融調査会社ウィズ・インテリジェンスによると、ヘッジファンドの今年1月の平均リターンは-1.55%とマイナスとなった。年初から株価が上昇している中南米の資産のリターンはプラスとなったが、その他地域ではすべてマイナスのリターンとなっている。特にアジア地域のリターンが-3.1%と悪化が目立つ。投資戦略別にみると、株式の売りと買いを組み合わせるロング・ショートのリターンが、約3%の大きなマイナスとなった。

ボラティリティ上昇でヘッジファンドが一斉に資産を売却するリスク

ロシアのウクライナ侵攻を機に、世界の金融市場のボラティリティ(価格変率)は一気に高まった。投資リスクが高まったのである。それが、ヘッジファンドにリスク回避的な投資行動、ポジション調整を促している。

ゴールドマン・サックス・グループのプライムブローカレッジデータによれば、ヘッジファンドはポジションを解消し株式を売却、またショートカバーを進めているようだ。モルガン・スタンレーのトレーディングデスクが集計したデータによれば、ボラティリティ・ファンドやトレンド追随型の商品投資顧問業者(CTA)などシステミック戦略ファンドと呼ばれるヘッジファンドは、昨年12月以降に世界で株式2,000億ドル相当の資産を売却したという。

このような、ポジション解消の過程で懸念されるのが、ヘッジファンドが一気に同じ投資行動、資産売却を進めることで、価格が大きく下落してしまうリスクである。大手運用会社は、同様のリスク管理の枠組みの下で、ボラティリティ上昇時に一斉に資産売却を迫られ、「バリュー・アット・リスク(VaR)ショック」と呼ばれる売りを引き起こす可能性がある。

ロシア投資で逃げ遅れたヘッジファンド

ヘッジファンドの中には、ロシアへの投資で損失を拡大させてしまったところも出ている。マクロ・ヘッジファンドのEDLグローバル・オポチュニティーズ・ファンドは、今年2015年の設定以来最高のスタートを切っていた。しかし直ぐに運用益は消失し、2月のリターンは約-11.2%にまで落ち込んだ。1月末時点で7億8,400万ドルを運用していたEDLは、ロシアのプーチン大統領による先月のウクライナ侵攻決定で、いわば逃げ遅れたヘッジファンドの一つである。

EDLは以前からロシア株に投資していたが、ウクライナ侵攻後に欧米諸国などによる制裁措置が相次ぎ、またロシア当局による株式市場閉鎖や証券売却の規制によって、多くのロシア資産が売買ができない状態に置かれてしまった。2月24日にロシアがウクライナ侵攻を行った直後にロシアの資産を処分する判断ができなかったヘッジファンドは、このように逃げ遅れ、損失を計上せざるを得なくなったのである。

他方で、ロシアのウクライナ侵攻をロシア株買い増しのチャンスと捉えて、それが裏目に出てしまったヘッジファンドもある。世界最大の資産運用会社、米ブラックロックでヘッジファンドを手掛けるチームの一つ「エマージング・フロンティアーズ・ファンド」である。2月の運用成績は10%超のマイナスと、約10年前の運用開始以来最悪の損失に見舞われた。そのきっかけは、ロシア株の買い増しだった。

ロシアへの投資が、2月初め時点で最大のロングポジションの一つとなっており、資産全体の9%を同国株に投じていた。そしてウクライナ侵攻が始まった際に持ち高をさらに増やしたとされる。それで傷を広げてしまったのである。同ファンドはその後、こうしたポジションをすべて解消し、現在ではロシアへのエクスポージャーがゼロになっている、とされる。

ロシアは世界の金融市場から事実上締め出される

このように、ロシアへの投資は、一部のヘッジファンドに大きな傷跡を残した。今後、損失の情報がもっと出てくるだろう。

ウクライナ侵攻後にロシア当局が実施した株式・為替市場の閉鎖、ロシア証券売却の停止、一方的なルーブルでの元利払いの方針などは、ヘッジファンドを含む世界の投資家の信頼を著しく損ねるものとなっている。その結果、今後相当期間にわたって、ロシアは世界の金融市場から事実上締め出されることになるだろう。

(参考資料)
"Hedge Funds Rush for Exit as ‘Volatility of Everything’ Surges", Bloomberg, March 8, 2022
"Macro Hedge Fund That Held On to Russia Bets Suffers Record Loss", Bloomberg, March 8, 2022
"BlackRock Hedge Fund Raised Its Russia Bet, Suffered Record Loss", Bloomberg, March 10, 2022
「世界のヘッジファンド、1月のリターンはマイナス 調査会社」、2022年3月1日、日経速報ニュースアーカイブ

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。