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市場は年内1.75%程度の利上げを織り込む

3月15・16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事会(FRB)は0.25%の利上げ(政策金利引き上げ)を決める可能性が高い。ウクライナ紛争によって、世界経済の下振れリスクは高まっている。しかし、当面は景気への配慮よりも、エネルギー価格の上昇によって一層高められている物価高騰への対応を優先する、というのがFRBの基本姿勢だろう。

感染問題やウクライナ紛争などによって、不確実性が極めて高い環境下での金融引き締めについて、金融市場はどのように評価しているのだろうか。国債市場のイールドカーブを見ると、2年から10年までの金利が2%前後でほぼ並ぶという奇妙な形状となっている。これは、短期金利が比較的短期間のうちに2%強程度まで引き上げられた後、横ばいに転じるという見通しを反映しているように見える。

市場での金融政策の見方をより直接的に反映しているFF(フェデラルファンズ)金先市場の価格を見ると、政策金利であるFF金利の誘導目標は、今年年末までに1.75%程度引き上げられる、との見通しが現在織り込まれている。3月以降年内7回のFOMCすべてで、0.25%の利上げが実施されるとの見通しである。さらに、2023年半ば頃までにFF金利は2.25%~2.5%に達する。

前回と比べかなり急ピッチな利上げ予想

2.5%というのは、前回の利上げ局面でのFF金利のピークの水準(2019年)である。前回は、2015年11月の利上げ開始から1年の間の利上げ幅は0.5%だった。そして、2.5%の水準に到達するまでに3年かかったのである。

それに対して、今回は、1年間の利上げ幅が1.75%と前回の3.5倍、2.5%のピークの水準に到達するまでに1年半程度と、前回の半分程度の時間が見込まれている。前回と比べるとかなり急ピッチでの利上げが予想されているのである。

一方で注目したいのは、FF金利のピークの水準については、前回とほぼ同水準という点である。経済に対して中立となる政策金利の水準が前回とほぼ同水準ということだとすれば、経済の潜在力を反映する自然利子率(実質金利)が変化していない場合、物価上昇率のトレンド、期待インフレ率についても前回並みということになる。

FRBはインフレとの短期決戦に勝利するか?

実際には現在の物価上昇率は、前回の利上げ局面よりもずっと高い。この点から、この先、FRBの急速な利上げによって、短期間で物価高騰が抑え込まれる、と市場が予想しているとの解釈が可能である。これが正しければ、「FRBはインフレとの短期決戦に勝利する」と市場が楽観的に考えていることを意味しよう。

ただし実際には、市場の期待はもう少し複雑なのではないか。FF金先市場でさらに先行きの金利見通しを見ると、2024年末にFF金利が一気に0.5%程度引き下げられるという見通しが示されているのである。

FF金先市場で3年近く先の価格は概して信頼性が低い。取引がかなり薄い中で付いている価格であるからだ。

FRBは物価の安定回復のために景気を犠牲にしないか

しかし、そうした価格は、不確実性の反映である可能性は高いのではないか。前回と比べてかなり急速な利上げが、短期間で物価上昇圧力を抑えることができるかどうか不確実である一方で、経済活動にかなりの打撃を与えることを市場は警戒しているのではないか。つまり、FRBが、物価の安定回復のために景気を犠牲にしてしまう、いわゆるオーバーキルのリスクを、市場は相応に感じとっているのである。

こうした点から、金融市場は物価安定についてFRBに強い信頼感を持って、3月16日の利上げの日を待ち望むのではなく、かなりの不安とともにその日を迎えることになるのだろう。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。