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物価水準は年率で2倍以上のペースで上昇

先進国による対ロ経済・金融制裁によってロシアの貿易は混乱する一方、ルーブルの価値は急速に低下した。それらは製品不足と物価高を生じさせ、ロシア国民の生活を強く圧迫する。

ロシア経済発展省が16日に発表したところによると、3月11日時点の消費者物価上昇率は前年比+12.5%と2015年以来の水準となった。1週間前の3月4日時点では+10.4%だった。

また、ロシア連邦統計局が発表したところでは、3月5日から3月11日までの一週間で、消費者物価指数は前週比+2.1%上昇した。前週(2月26日から3月4日)は+2.2%の上昇だった。1週間で消費者物価が2%上昇するという、この足もとのトレンドが続けば、1年間で消費者物価の水準は2倍以上となる計算である。

公表されている104項目のうち、最も上昇率が高かったのは「トルコへの休暇旅行」であり、前週比で+28.4%も価格が上昇した。前週も同+28.7%と高い上昇率だった。ルーブルが急落するなか、航空機、宿泊費など外貨で支払う部分が多い海外旅行の費用は、急騰しているのだろう。ただし、ロシア人が持つ国際ブランドのクレジットカードが利用できなくなり、旅行先のタイで帰国できずに足止めされているロシア人旅行者についての報道もされている。現在の状況下では、海外旅行に出るロシア人はかなり少ないだろう。

それに続くのがテレビで、価格は前週比+12.5%上昇した。前週の同+15.0%から高い上昇率が続いている。価格がルーブル安の影響を直接受けやすい輸入品の比率が高いことがその理由ではないか。

それ以外に前週比で2桁%以上上昇したのは、食品関連でグラニュー糖の+12.8%、トマトの+12.3%、バナナの+11.3%である。また、前週比で5%以上10%未満上昇したのは、掃除機の+8.4%、スマートフォンの+6.5%といった電気製品であり、それ以外は医薬品である。

ロシア経済の立て直しはいばらの道

ブルームバーグの記事によると、ロシア大統領府付属ロシア国民経済公共行政アカデミー(RANEPA)の金融市場専門家アレクサンドル・アブラモフ氏は、ロシアはコスト上昇ではなくモノ不足によって生じる「ソ連型インフレ」に向かっている可能性がある、と指摘している。

足元の急速な物価上昇は、ルーブルの急落を受けた輸入品の価格上昇によるところが大きいと思われるが、次第に物価上昇の主因は、通貨安から物不足へと移っていく可能性は十分に考えられるところだ。

先進国の制裁措置によって、海外から入ってくる輸入品は急速に減少しているだろう。この先は、そうした製品を買い急ぐ動きが物価高に拍車をかけることも考えられる。

さらに、ロシア向け事業を一時停止あるいは撤退する海外企業が相次いでいる。ロシアの国民は身の回りから急速に、i-phone、マクドナルド、スターバックスなど米国の製品やサービスが消えていき、深刻な物不足が長く続く可能性がある。まさに、旧ソ連時代末期の様相である。一定以上の年齢層は、30年以上前の生活を思い起こすのではないか。

ウクライナでの戦闘状態は終わっても、おそらく先進国からの制裁措置は長く続くだろう。先進国からの支援を受けられないロシア経済の立て直しは、まさにいばらの道である。

もし、中国がロシアでの先進国企業の製品やサービスを穴埋めし、経済的にロシアを支援する場合には、ロシア国内で中国企業の製品やサービスが溢れ、ロシアが急速に「中国化」していく可能性も、今後の情勢によっては考えられるのではないか。

(参考資料)
"Russia’s Inflation Shock Gives Way to Soviet-Style Shortages", Bloomberg, March 17, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。