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3月28日の国債市場で、日本銀行が目標とする10年国債利回りが変動許容レンジの上限である+0.25%近くに達したことを受けて、日本銀行は+0.25%の固定金利で国債を無制限に買入れる「指値オペ」の実施を午前に発表した。

ところがその後、後場でも10年利回りは+0.25%程度での推移を続けた。2月に実施した「指値オペ」のように、利回りを上限から大きく押し下げる効果は見られなかった。日本銀行の「指値オペ」の神通力は、明らかに落ちてきているのである。

金融市場はこの先、日本銀行が上限+0.25%を守る姿勢を試す動きを強めるのではないか。その場合、日本銀行が上限+0.25%を厳格に守る姿勢を修正し、10年国債利回りの上昇を容認する可能性があるだろう。

日本銀行が上限+0.25%を死守とすると、それは3つの弊害を生む。第1は、円安進行である。28日も日本銀行が「指値オペ」を発表したことを受けて、為替市場では1ドル123円台まで円安が進んだ。日本銀行が長期国債利回りの上昇を抑える中、米国で長期国債利回りの上昇が進めば、金利差拡大から円安圧力が高まるとの観測である。国内では物価高が進み、それが国民生活を圧迫する中、物価上昇をさらに促す円安は「悪い円安」と理解され、金融政策面からそれを引き起こしている日本銀行への批判が高まってきている。政府も4月末までに物価高対策を検討する中での円安進行を警戒しているはずだ。

第2は、日本銀行の「指値オペ」の神通力が落ちる中、+0.25%の「指値オペ」を実施しても実際の利回りが+0.25%を下回らない場合には、+0.25%の固定金利で国債を無制限に買入れる「指値オペ」に参加する金融機関が増えてくる。その場合、日本銀行は大量の国債を買入れなくてはならなくなり、物価上昇率が高まる中で量的金融緩和を強化するという矛盾に直面することになる。

第3に、10年国債利回りが+0.25%を上回る局面で、日本銀行が「指値オペ」を公表して、実際の利回りが低下する、あるいは日本銀行が実際に+0.25%で国債を無制限に買入れるとの観測から、金融機関が国債を買入れ、直後に利回りが低下した際に売り抜け、利食うとの投機的な行動が広まりやすい。金融機関にほぼ無リスクで収益を拡大させる機会を、日本銀行が自ら与えることになってしまうのである。

こうした金融市場の歪みは、10年国債利回りに目標値を持ち、「指値オペ」でその目標を達成しようとする、市場機能を損ねる政策の枠組み自体に、そもそも根差して生じるものである。

上記3つの大きな弊害を踏まえれば、「指値オペ」で10年国債の利回り上昇を無理やり抑え込む日本銀行の政策は、早晩、維持できなくなる可能性があるのではないか。それは、+0.25%を上回る10年国債利回りの上昇を徐々に容認していくという方針の修正につながるものだ。

上記3つの弊害うち、特に円安リスクが重要だ。日本銀行は10年国債の利回りを厳格にコントロールし続けて円安進行を容認するか、10年国債の利回りの上昇を一定程度容認することで円安リスクを抑えるか、どちらかの選択を迫られている。円安に対する政府、国民の強い懸念を踏まえれば、日本銀行は後者を選択するのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。