ルーブルは急落後に安定を取り戻す
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ルーブルの価格は急落した。一時は対ドルで半分程度まで下落したが、3月中旬以降、ルーブルは持ち直している。足もとでは1ドル86ルーブル程度と、ウクライナ侵攻前の水準を10数%程度下回るところまで戻った。
予想外にルーブルの価値が戻っている背景には、ウクライナ侵攻後のロシア経済の環境変化が、ルーブルの需給を支えている、あるいはそうした見通しの影響が考えられる。先進国の制裁措置により、貿易は大きな打撃を受けたが、主力の原油、天然ガスの輸出については、SWIFT(国際銀行間通信協会)制裁の対象からエネルギー関連の貿易決済を担うロシアの銀行が外れたことから、その輸出の減り方は、他の輸出と比べれば相対的に小さくなっている可能性がある。
他方で、ロシア国内で活動していた西側企業がロシア事業を一時停止、あるいは撤退を決めたことから、それに関わる部品などの輸入が減るとの見通しが高まっている。貿易全体は急激に縮小しているが、輸入の減り方の方が輸出の減り方よりも大きいため、貿易収支は改善し、ルーブルの需給は改善する、との見通しが、ルーブルの価値を支えている面があると考えられる。
ルーブルを支える多くの措置
しかし、そうした経済的な要因よりも、政策面での効果の方が、ルーブルの価格安定により貢献していると見られる。
ロシア中央銀行がルーブル売りを制限する一方、ルーブル買いを強制していることで、実質的にルーブル需要を人為的に作り出しているのである。ロシア中央銀行は、まずロシア市民が外貨建ての預金を銀行口座から引き出すことを制限した。さらに銀行が顧客に外貨を売ることを半年間禁止した。またロシアの証券会社も、外国人顧客による証券売却を禁じるように義務づけた。これらの措置はいずれも、ルーブル売りを制限するもので、それが結果的にルーブルの価値を支えているのである。
実態を反映しないルーブル相場
ロシアの為替市場は一時取引を停止したが、現在は取引が再開されている。しかし、その流動性はかなり低いはずだ。オンショアとオフショアの間の価格の差も顕著に見られる。
西側の銀行はもはや、リアルタイムでのルーブルの買い・売り気配値を提供していない。銀行は西側諸国の制裁違反に問われることを警戒し、すべてのルーブル建て取引について、社内の法務・コンプライアンス部門の承認を得る必要がある状況のようだ。また顧客は、ルーブル取引の決済を認めてもらえるか、可能な場合にはレートはどうなるか等を、一つ一つ銀行に確かめる必要がある。このように、海外でのルーブルの取引は強く制限されており、流動性はかなり低い状況だ。こうした中でルーブルを売買しようとすれば、かなりコストが掛かるのである。
現在のルーブル相場は当局の規制によって支えられる、いわば官製相場であり、実態を表していないと見られる。ロシア経済が急速に悪化していることや、1週間で消費者物価が2%も上昇している状況を考えれば、ルーブルには潜在的には引き続きかなりの下落圧力がかかっている状況だろう。急激な物価高は通貨の価値を下げることから、物価高と通貨安のスパイラルに陥ってもおかしくない状況だ(コラム「 ロシアは物価高騰とルーブル安の悪循環に 」、2022年3月24日)。
そして主力の輸出産業である原油、天然ガスについても、海外企業がロシア事業から手を引いていく中、新たな開発は難しくなり、中長期的には衰退方向に向かうだろう(コラム「 衰退に向かうロシア・エネルギー産業と世界のエネルギー価格への影響 」、2022年3月29日「 ロシア経済は衰退の道を歩むか中国化か 」、2022年3月28日)。
官製相場のもと、ルーブルは一時安定を取り戻しているが、ロシア経済や国力の低下を映す形で、その価値は長い下落局面に入ったのではないか。
(参考資料)
"How Russia's Central Bank Engineered the Ruble’s Rebound", Wall Street Journal, March 29, 2022
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