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日本を含むG7がロシア産原油輸入禁止で合意

G7(主要7か国)の首脳は5月8日に開いたオンライン会議で、対ロシア追加制裁措置として、ロシア産原油輸入を禁止する方針を表明した。米国、英国、カナダは既にロシア産原油の輸入禁止を決めているが、今回の決定は欧州連合(EU)と日本もそれに足並みを揃えたことを意味する。

G7の声明は「ロシア産原油輸入の段階的廃止ないし禁止を含め、ロシア産エネルギーへの依存を段階的に低下させることにコミットする」、「時宣にかなった秩序ある手順に従い、世界に代替の供給を確保する時間を提供する方法で実施する」とした。

岸田首相は、「大変厳しい決断」としたうえで、G7の結束を重視して日本もロシア産原油輸入の禁止を決めた、と説明している。また、削減・停止の時期は今後検討するとし、時間をかけてフェーズアウトのステップをとること、サハリン1、サハリン2については、権益を維持する方針は変わらない、と述べた。

ロシア産原油輸入禁止の議論を主導したのはEUである。前回のロシア産石炭の輸入禁止措置と同様に、日本はG7の結束を重視する観点から、EUの決定に従わざるを得ない状況だ。日本の対ロ制裁の中でエネルギーの輸入禁止措置については、事実上EUが決めている感が強い。

他方、EUについても、ロシア産原油の輸入禁止の具体策については、以下に見るように、加盟国内でなお調整が続けられている状況だ。今回のG7のロシア産原油輸入禁止の方針は、ロシアの戦勝記念日に間に合うように急いでまとめ上げられた印象がある。

EUはロシア産原油の禁輸を提案

EUは5月4日に、対ロシア制裁第6弾として加盟27か国に対し、ロシア産原油の段階的な禁輸を提案した。4月の第5弾制裁措置で打ち出したロシア産石炭の輸入禁止措置からさらに踏み込んだ措置である。EUはウクライナ侵攻前の時点で、原油輸入の4分の1をロシアに依存していた。

欧州シンクタンクのブリューゲルによれば、EUと西側諸国が1日10億ドルを石油と天然ガスの購入代金としてロシアに支払っている。そして、エネルギー関連輸出による収入は、ロシア政府の歳入の4割にも達している。先進国がロシアからのエネルギー輸入を続けることは、ウクライナに侵攻したロシアの戦費調達を助けている、との批判が従来なされてきた。

ロシア産原油輸入の禁止に慎重であったドイツが、年末までに輸入禁止できる目途が立ったとして積極姿勢に転じたことで、EUはそれを対ロシア制裁第6弾として提案することが今回可能となったのである。ドイツはロシア産原油への依存度を侵攻前の35%から12%まで低下させることに成功しているという。

EUは、ロシア産原油の購入を段階的に減らして年末までに停止、石油製品についても年末までに購入を禁止することを加盟国に提案した。ただし、ロシア産石油への依存度が特に大きいハンガリーとスロバキアには、2023年末まで猶予を与える方針を示したのである。

EUはさらにハンガリーなどに譲歩か

ただし、現時点ではこのEUの提案は加盟国の合意を得ていない。ロシア産原油依存度が高いハンガリーが、EUの提案に反対しているためだ。ハンガリーのオルバン首相は、エネルギーの調達先を変えるには巨額の費用を要する上、少なくとも5年はかかると主張した。

ハンガリーの反対を受けてEUは、ハンガリーとスロバキアにさらに2024年末まで輸入を認める譲歩案を提示した。またチェコに対しても2024年6月まで禁輸の実施を猶予することが検討されているという。

EUの対ロ制裁決定には、加盟国全体の賛成が必要であり、ハンガリーが反対すれば決定できない。制裁措置の実効性がやや低下してしまうことは免れないが、EUはハンガリー、あるいはチェコ、スロバキアにさらに譲歩して、一段と長期の移行期間を受け入れ、最終的に合意に至るものと見ておきたい。

いずれロシア産天然ガスの輸入禁止にも

EUは、ロシア産原油と同様に、ドイツを中心に準備のめどが立ち次第、いずれロシア産天然ガスの輸入禁止にも踏み切るのではないかと推察される。それは、石炭、原油の輸入禁止以上にEU経済には大きな打撃となり、またハンガリーなどの強い反対にあう可能性が高い。しかし、EUのロシアからのエネルギー関連輸入がロシアのウクライナ侵攻を間接的に助けている、といった国際世論の批判の高まりを踏まえると、原油以上に長期の移行期間を設定しつつも、ロシア産天然ガスの輸入禁止を決めることに、最終的にはなるのではないかと考える。

それは、EU経済に大きな逆風となり、EU経済の失速、ドイツ経済のマイナス成長などをもたらす可能性も出てくる。また天然ガスの価格は急騰し、それが原油価格の一段高ももたらすことで、世界経済にも追加の打撃となるだろう。

しかし一方で、天然ガスの輸入禁止にまで踏み切れば、ロシア経済にも大きな打撃を与えることが可能となるはずだ。一段の輸出減少からルーブルの需給は悪化し、ルーブル相場は再び下落を始める可能性があるだろう。そうなれば、ロシアの物価高を通じて、ロシア経済にさらなる打撃となるだろう。制裁をかける側もかけられる側も、ともに経済的には大きく傷つくのである。

ロシアは報復措置でEUへの天然ガスの供給停止の拡大も

ロシアは天然ガスの輸入代金をルーブルで支払うことを先進国に要求し、それを実施しない場合には、天然ガスの供給を止めると脅している。EUはこれを拒否しているが、ガスプロムは4月下旬に、ルーブル支払いを拒否したポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給停止を発表した。

G7が対ロシア追加制裁としてロシア産原油の輸入禁止を決めたことで、ロシアはその報復措置として、EUの他国にも天然ガスの供給停止を決める可能性が出てくるだろう。その場合には、ロシアに対して主導権を握る狙いから、EUがロシア産天然ガスの輸入禁止を制裁措置として早期に打ち出す可能性も出てくるのではないか。

この先EUがロシア産天然ガスの輸入禁止まで決めれば、国際協調の観点や国際世論への配慮から、日本もロシア天然ガスの段階的な輸入禁止を受け入れざるを得なくなるのではないか。その際には、ロシア産天然ガス輸入のほとんどとロシア産原油輸入の相当部分に関わる、サハリン1、サハリン2の事業見直しがいよいよ避けられなくなるだろう。

(参考資料)
「EU、経済打撃軽減に腐心=石油禁輸で猶予設定―対ロ制裁案」、2022年5月4日、時事通信ニュース
「EU禁輸、慎重一転 ロシア産石油 経済弱体化狙う」、2022年5月5日、朝日新聞
「ハンガリー首相、ロシア産石油禁輸案に反対=EUの早期合意に暗雲」、2022年5月6日、時事通信ニュース
「ハンガリー首相、EUのロシア産石油禁輸案を非難 「一線越えた」」、2022年5月6日、AFPBB NEWS/AFP通信

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。