世界銀行は「スタグフレーション」のリスクを強調
6月7日に世界銀行は最新の世界経済見通しの報告書を発表した。「成長率が急速に低下する中、スタグフレーションのリスクが上昇(Stagflation Risk Rises Amid Sharp Slowdown in Growth)」という報告書のタイトルが示すように、世界経済の先行きに厳しい見通しであるとともに、景気悪化と物価の上振れが併存するスタグフレーションのリスクを強調している点が特徴的だ。
2022年の最新の世界の成長率見通しは+2.9%と、1月時点の見通し+4.1%から1.2%ポイントもの大幅下方修正となった。2021年の成長率+5.7%から大幅に減速する。新型コロナウイルス問題で大きな打撃を受けた後の成長率の反動増は、既に一巡しているのである。
他方日本は、主要国の中では例外的に、実質GDPの水準がまだ新型コロナウイルス問題発生前の水準を取り戻していない。世界経済の成長率が大きく下振れる中では、日本経済が強く持ち直す動きは抑え込まれ、本格的な持ち直し傾向が今後も見られない可能性が出てきたのではないか。
世界銀行のマルパス総裁は、ウクライナ問題、中国のゼロコロナ政策、サプライチェーン(供給網)の混乱が重なる中、物価上昇と景気悪化が同時進行する「スタグフレーション」のリスクが成長を阻害しているとした。また「多くの国で景気後退の回避が困難になる」と述べている。
アフリカを中心に強まる食糧危機
世界銀行が特に注意を喚起しているのは、低所得国を中心とする新興国である。ウクライナ問題で深刻化しているエネルギー問題、食糧問題が最も打撃を与えているのは低所得国だ。とりわけ、低所得国は発電に使う天然ガスや肥料の深刻な不足に直面している。
今月26~28日にドイツで開かれるG7(先進7カ国)サミットでは、食料危機の影響を受ける開発途上国向けの支援に加え、世界的な食料生産体制の拡充などの施策が打ち出される見通しだ。
ロシアの侵攻により、ウクライナの黒海沿岸の港が封鎖されている。ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」と呼ばれ、小麦の供給で世界4位であるが、港の封鎖によって小麦の輸出が滞り、世界的な小麦価格の高騰をもたらしているのである。ウクライナやロシアからの輸入に依存するアフリカ諸国ではパンの価格が高騰し、食料危機の様相が強まっている。
世界銀行は新興国の債務危機のリスクにも警鐘
また、世界銀行は、新興国での経済環境の悪化が、債務危機を招くリスクにも警鐘を鳴らしている。物価高騰への対応で、米国など先進国が急速な金融引き締めを行っているが、それがいずれ景気後退と債務危機の問題を引き起こす可能性がある、世界的な金融環境の引き締まりによって、1980年代に経験した南米債務危機のような状況が再び生じるリスクがある、と指摘している。実際、新興国からは資金の流出が目立ってきている。
3月から5月の間に、世界の中央銀行は60回以上の利上げを発表している。新型コロナウイルス問題への対応などから公的及び民間部門で債務が累増したが、そのもとでの金利の上昇は、債務危機の引き金となりやすいのである。
日本経済の地盤沈下を示唆する見通しに
また注目したいのは、世界銀行の日本経済の見通しである。2022年の日本の成長率見通しは1月時点から1.2%ポイント引き下げられ+1.7%となった。
8日に内閣府は、1-3月期のGDP統計・2次速報を発表し、実質GDP成長率を前期比年率で-0.5%と1次速報の同-1.0%から上方修正した。感染問題の沈静化を受けて、4-6月期には個人消費主導で再びプラス成長となる可能性が高いが、それでも同期の実質GDP成長率は年率で+2.5%~+3.0%程度と、なお力強さを欠くと見込まれる。物価高や中国でのロックダウン(都市封鎖)が、個人消費と輸出を中心に成長率の頭を抑えるとみられる。新型コロナウイルス問題の緩和による急速な消費の持ち直しは日本では生じず、今後も緩やかな増加ペースにとどまるだろう。2022年の日本の成長率は、暦年、年度ともに+1%台の半ば程度にとどまると現時点では見ておきたい。
ところで今回の世界銀行の日本経済の成長率見通しは、2022年の+1.7%に続き、2023年には+1.3%、2024年には+0.6%と急速に低下していく。世界の成長率見通しが同時期に+2.9%、+3.0%、+3.0%とほぼ横ばいの中で、日本の成長率の低下傾向が際立つ形となっているのである。
実際には、日本の成長率が潜在成長率に収斂していく姿を見通しで表現しているようにも思えるが、表面的には日本経済の地盤沈下が進んでいくことを示しているように見える。欧米のように急速に物価上昇率は高まっておらず、また急速な金融引き締めを実施しない日本の成長率が最も下振れているのは、日本経済の実力の低さを改めて思い知らされるものと理解されやすいのではないか。
(参考資料)
“World Bank warns of rising debt crisis risk”, Financial Times, June 8, 2022
「22年世界経済、成長率2.9%に引き下げ 世銀見通し」、2022年6月8日、
AFPBB
NEWS/AFP通信
「G7、食料安保で声明へ=開発途上国支援で結束」、2022年6月8日、時事通信社
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。