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ECBは7月に0.25%、9月に0.5%の利上げでマイナス金利政策終了へ

欧州中央銀行(ECB)は9日の定例理事会で、量的緩和措置である資産購入プログラム(APP)を、7月1日に終了することを決めた。さらに、次回7月の理事会で0.25%の利上げ(政策金利引き上げ)を実施すると表明した。ECBの利上げは2011年7月以来、11年ぶりとなる。

声明文では「中期的なインフレ見通しが現状維持または悪化する場合、9月の会合でより大幅な利上げが適切となるだろう」とした。9月には0.5%の利上げが現時点で想定されているのである。8年に及んだECBのマイナス金利政策は、9月に終了する可能性が高い。

今回の決定については、事前に想定されていたことで、市場にはサプライズとなっていない。異例ではあるが、今回の定例理事会に先立ち、5月23日にラガルドECB総裁はECBのブログで、「現在の状況が続けば、今年第3四半期末までにマイナス金利政策を終了できる」とした。また「7月の理事会で利上げ開始が可能」と踏み込んだ発言をしたのである。ラガルド総裁がマイナス金利政策の終了時期について具体的に言及したのは、これが初めてだった(「 ECBがマイナス金利政策を終了へ。日本銀行の政策にも影響 」、2022年5月25日)。

豹変したラガルド総裁

ごく最近までラガルド総裁は金融政策の正常化、特に政策金利の引き上げには慎重な姿勢を見せていた。そうした姿勢がごく短期間のうちに豹変した印象を受ける。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が今年に入って一気にインフレ警戒色を強めたこととも似ている。 こうした主要中央銀行の政策の先行きが、金融市場の不確実性を高めることになっているだろう。

事前に予想されていたとは言え、今回のECBの発表を受けて、欧州では国債が売られている。特にイタリアなど周縁国の国債利回り上昇が目立っている。国債利回りが大幅に上昇すると、かつての欧州債務問題の再燃につながる可能性もある。

この点から、ECBは物価高への対応とともに、新型コロナウイルス問題の影響も踏まえて政策を決めることが求められる。新型コロナウイルス問題への対応として、各国共に巨額な財政出動の実施を余儀なくされ、政府債務は累積している。この環境下での金利の急上昇は、利払い負担増を通じて財政不安の引き金になる可能性がある。

ラガルド総裁は、必要に応じて既存のツールや新たな措置を通じて、分断化(フラグメンテーション)とも呼ばれる、一部の加盟国で生じるこうした問題に対応する考えを示している。多様な加盟国を抱えるECBは、その意思決定が複雑であるばかりでなく、政策変更時の影響についても、加盟国それぞれの違いにも配慮しなければならない。他国と比べて政策運営は格段に複雑で難しいのである。

日銀も物価安定に向けた強いコミットメントを強く打ち出すべき時

ECBが利上げに動き、さらに早期にマイナス金利政策を終了することになれば、異例の金融緩和の継続を続ける日本銀行の政策の特殊性が一段と際立つ形となり、それは物価高を助長する円安傾向をさらに強めることになるだろう。

4月の消費者物価(除く生鮮食品)は前年比で+2.1%と日本銀行が掲げる物価目標の水準に達した。しかし、日本銀行は物価上昇の上振れは一時的であり、持続的に2%の物価上昇率が達成できるようになるまで、現在の異例の金融緩和を続ける構えだ。6月16・17日の金融政策決定会合でも、政策変更は見送られる可能性が高い。

しかし、エネルギー、食料価格に主導される物価上昇率の高まりが、一時的なものに終わらずに長期化してしまうとの見方を個人が強める、つまり中長期の予想物価上昇率が高まれば、実質賃金が長期間低下するとの懸念から、個人は消費を抑える生活防衛的な消費行動を強めることになるだろう。現状は、そうした事態に陥りかねない、まさに瀬戸際の状況にあるのではないか。

こうした局面では、中央銀行は金融政策を引き締めに転じるのが一般的だ。今こそ日本銀行は、2%の物価目標が高過ぎて非現実的であることを認め、政策を軌道修正して、物価安定に向けた強いコミットメントを強く打ち出すべき時ではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。