与党主導が際立った通常国会
6月15日に通常国会が会期末を迎える。今後の国内政治の注目は、参院選へと移る。参院選は6月22日に公示、7月10日に投開票となる見込みだ。
最終日の15日には、こども家庭庁設置法案などが成立する見通しである。岸田政権にとって目玉である経済安全保障推進法、こども家庭庁設置法案を含む61本の政府提出法案がすべて成立する見通しとなった。これは1996年以来26年ぶりのことである。
その背景には、議論が紛糾しそうないわゆる「対決法案」の国会提出を、政府・与党が見送ったことがある。具体的には、感染症の流行に備える感染症法改正案やマイナンバー法改正案である。これらは、国民のあいだに賛否両論があり、国会で議論が紛糾すると7月の参院選に悪影響が及ぶ可能性があった。参院選を前にして、政府・与党は安全運転を決めたのである。
通常国会は1回だけ会期を延長できる。しかし、3年に1度の参院選の年は日程調整の観点から、通常国会を当初の会期通りに終える例が大半だ。今回もそうである。
岸田政権が「聞く力」と柔軟姿勢を発揮
今通常国会では、その終盤に立憲民主党が、細田博之衆院議長不信任決議案、内閣不信任決議案を立て続けに提出した場面もあった。国会会期末の風物詩ともいえる。しかし、全体としては与野党間の対立は高まらず、審議も比較的円滑に進んだ印象が強い。その理由は既に見た通りであるが、それ以外に岸田首相の安定した国会答弁も理由の一つだろう。そして、野党提出の法案も丁寧に審議したことで野党からの激しい攻撃をかわすことができたこともある。
今国会では、政府提出の8法案が衆院本会議で審議入りする際に、同時に野党の対案も審議入りして、野党議員が趣旨説明や質疑への答弁を行う「並行審議」の場面が見られた。野党にも花を持たせたのである。
岸田政権は「聞く力」を強調し、このように野党の意見にも耳を傾ける姿勢をアピールした。他方で立憲民主党は、政府への過度な批判は避け、対案を示して政府と議論することで政権担当能力を示す戦略をとった。両者の姿勢がかみ合う形で国会は円滑に進行した。それは、岸田政権への国民の支持率を高めた面もあるだろう。
物価高対策には成長戦略と日銀の政策修正を
さて、国会会期中に岸田政権が打ち出した経済政策の評価については、7月の参院選での大きな争点となる。総額2.7兆円規模の補正予算案を伴う緊急経済対策についてみると、ガソリン、灯油などに焦点をあてた補助金制度は、家計の負担を軽減する施策としては効果が小さい(コラム「 緊急経済対策の経済効果試算:GDP押し上げ効果は0.4兆円、GDP比0.06% 」、2022年4月26日)。
ただし、海外での原油高、食料品高、そして円安の影響による物価高については、根本的な解決を国内政策で見出すのは難しい。さらに、物価高に影響を受けやすい生活困窮者への支援については場当たり的な給付金の支給では一時的な効果しかなく、根本解決にならない。必要であれば、セーフティーネットの制度の見直し、拡充で対応すべきではないか。
参院選挙後にも政府は物価高対策を実施する可能性が考えられるが、同様に補助金制度と給付金の支給が繰り返されてはならないだろう。海外要因に基づく物価高については根本的な解決はないが、成長戦略を通じて将来の成長力向上、そして将来に向けて賃金が上昇するという期待を家計に醸成することが、物価上昇下での個人消費の安定に資するだろう。
また、足元の物価上昇が長期化するとの懸念が、個人の消費を防衛的にすることを回避する観点からは、日本銀行が金融政策の修正を通じて物価安定維持に対して強いコミットメントを示すことが重要ではないか。それは、物価高を促す円安進行に一定の歯止めを掛けることにもなるだろう。
所得再配分から成長戦略重視への政策修正は評価できる
先般閣議決定された骨太方針は、当初岸田政権が重視していた所得再分配から成長戦略へと経済政策の軸足が移動したことを印象付けた。過去30年近くにわたって賃金が上昇していないのは、企業が過度に賃金を抑制するといった所得分配の問題ではなく、経済・企業が成長してこなかったことに最大の原因がある。この点から、賃金を高めるには、まずパイを増やすことが重要であり、潜在成長率、労働生産性上昇率を高める成長戦略を優先すべきだ。この面で、骨太方針で示唆された政府の経済政策の軌道修正は望ましいものと言える。
しかし、こうした軌道修正が、分配政策軽視、アベノミクス回帰などと批判を浴びていることから、政府は政策を修正していない、と公式には説明している。しかし、成長重視に政策の重点を移したことを、その背景とともに正直に国民に対して説明すべきではないか。
「貯蓄から投資へ」は成長戦略と一体で
また、「貯蓄から投資へ」という歴代政府が長らく掲げてきた目標を改めて確認し、個人の資金を株式市場に誘導して企業の成長を促す方針を骨太方針で打ち出したことも評価できる(コラム「 岸田政権の「資産所得倍増計画」と「貯蓄から投資へ」 」、2022年5月31日)。ただし、金融制度の見直しだけでは、個人の金融資産を現預金から株式などリスク資産に大きく移転させることは難しいだろう。
個人がリスクを理解したうえで株式投資を増加させるには、経済・企業の成長力が高まり、それが企業収益の増加、配当増加、株価上昇という形で投資収益の拡大につながるとの期待が高まることが必要だ。そして企業も、個人が供給する資金を積極的に設備投資に回さないと収益は拡大しない。
つまり、企業、家計共に日本経済の成長期待が高まらないと、個人が提供する資金で企業が成長し、それを配当や株価上昇という形で個人が享受し消費増加へとつなげていくという「企業と個人の好循環」は起こせないのである。
この点から、政府は「貯蓄から投資へ」の政策、あるいは「資産所得倍増計画」を成長戦略と一体で進める必要がある。そのためには、骨太の方針で示された新しい資本主義の4つの重点投資分野(「人」、「科学技術・イノベーション」、「スタートアップ」、「グリーン、デジタル」)について、より具体的な肉付けをしていくことが求められるだろう。
財政健全化姿勢の後退は成長戦略の効果を損ねる
先般の衆院選では、与野党ともにバラマキ的な経済政策を競う構図となった。ただし、財源を確保しない中、成長戦略実現のために安易に国債発行を増発すれば、それは現役及び将来世代の負担を高め、経済の成長力を損ねてしまう。成長戦略の効果を減じてしまうことになるのである(コラム「 新しい資本主義の軌道修正と骨太の方針:財政規律の後退に懸念 」、2022年5月31日)。
従って、政府は成長戦略実現のための財源の議論も合わせて進めていくことが求められる。この点、骨太の方針では2025年度プライマリーバランスの黒字化目標が記述されなかったことや、その目標が歳出増加を伴う追加の政策を縛らないように再検討される余地を残すなど、財政健全化の姿勢が事実上後退したことは懸念されるところだ。
参院選に向けては、ウクライナ問題を理由に、与野党各党が再びバラマキ的な経済政策を競う構図とならないことを強く願いたい。
(参考資料)
「通常国会、終始与党ペース=野党分断、国民は予算賛成」、2022年6月11日、時事通信ニュース
「26年ぶり全法案成立へ 国会は終始与党ペース」、2022年6月14日、産経新聞
「法案の選別や不信任案も話題 国会会期末の風物詩-政界Zoom」、2022年5月27日、日経速報ニュースアーカイブ
「物価対策2.7兆円補正成立」、2022年6月1日、岩手日報
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