&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

5月のコア物価は前年比+2.1%と4月と同水準

総務省が24日に公表した5月分全国消費者物価で、生鮮食品を除くコア指数は前年同月比+2.1%と4月と同水準となった。総合指数は同+2.5%、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は同+0.8%と、いずれも4月と同水準である。生鮮食品を除くコア指数は、2か月連続で日本銀行が掲げる物価目標の2%を上回った。

値上げ報道が続く食料品については、調理食品は前年同月比+3.4%と4月の同+3.5%をやや下回る一方、菓子類は同+3.2%と4月の同+2.6%から加速した。

生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数の季節調整値に注目すると、5月は前月比+0.1%と、2月から4月までの同+0.2%を下回っており、基調部分の物価が一段と加速する事態は回避されている。

足元では海外での原油市況の上昇は一巡しているが、これは国内の消費者物価上昇率をすぐに押し下げることにはならないだろう。海外の原油市況に一か月程度遅れて動く傾向がある国内ガソリン価格は、政府の補助金制度によって価格の変動が抑えられているためである。燃料調整制度のもとでは、輸入燃料の影響が半年以上の時間差で電気料金、ガス料金に転嫁されていく。

物価上昇率は年内に3%を超える可能性も

エネルギー価格の上昇が一巡する中、欧米諸国では消費者物価指数全体、あるいは食料・エネルギーを除くコア物価の上昇率が、年末にかけて緩やかに低下していくとしても、日本の生鮮食品を除くコア消費者物価の上昇率は、年末にかけてさらに上昇傾向を続ける可能性が考えられる。加えて、円安進行の影響も遅れて物価押し上げに寄与する。日本で物価の安定傾向が確認されていく時期は、他国に比べて遅れやすいのである。

また、昨年10月の携帯通信費の下落は、総合消費者物価を前年比で0.4%押し下げている。そのため、今年10月には生鮮食品を除くコア消費者物価の前年比上昇率は、0.3%程度押し上げられる。この点を踏まえれば、生鮮食品を除くコア消費者物価の前年比上昇率は、年末に+2.6%と2%台後半で着地する見通しだ。

ただし、円安や原油高がこの先さらに進行する場合には、生鮮食品を除くコア消費者物価の前年比上昇率は、年内に3%を超える可能性が考えられる。

物価高対策には賃上げ環境を整える腰を据えた政策を

前年比+2.1%に達した日本の消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は、欧米と比べれば低いが、日本の基準(日本経済の実力)に照らせばかなり高く、日本経済に大きな打撃となり得る。

物価高対策は、参院選での大きな争点となっており、各党とも対策を打ち出している。しかしいずれも、場当たり的な対策の傾向が強い。物価高対策として、国債発行で調達した資金を個人や企業の支援に回しても、結局、国民の負担を高めるだけであり、根本的な解決にはならない。

重要なのは、賃金が先行き上昇していく環境を整えることで、日本経済の物価高に対する耐性を高めることだ。政府には、成長戦略を一段と推進することで、経済の潜在力を高め、賃金が上昇する環境を整える政策に注力して欲しい(コラム「 参院選公示:場当たり的な物価高対策よりも賃上げ環境を整える成長戦略強化と金融政策の正常化を 」、2022年6月22日)。

日本銀行は政策修正で物価安定へのコミットメントを示すべき

他方、現状では賃金が上昇する期待が高まらない中、2%を超える物価上昇が定着し、エネルギー・食料品以外の分野にも物価高が広がっていくとの懸念を個人が強めれば、個人は消費を抑える防衛的な姿勢を強める可能性が考えられるところだ。

そうした事態を回避するには、各国で実施されているように、中央銀行が金融政策を引き締めて、物価安定を確保する姿勢を示すことが重要だ。日本銀行は現実味を欠く2%の物価目標の位置づけを修正したうえで、金融政策の正常化に転じるべきだ。それを通じて、物価安定へのコミットメントを示し、個人の中長期のインフレ期待の上昇を抑えることを目指すべきだ。

実際には、日本銀行が近い将来に本格的な正常化策を実施する可能性は低いが、債券、為替市場に混乱をもたらしている、長期金利コントロールを柔軟化する可能性はあるだろう(コラム「 決定会合は現状維持も日銀のYCC柔軟化はいずれ避けられないか 」、2022年6月17日)。

0.25%の10年国債金利の上限を守る姿勢を修正し、長期金利の上昇を一定程度認めることで、債券、為替市場の投機的な動きを抑えることができる。日本銀行はそうした政策を正常化ではなく柔軟化と説明するだろうが、硬直的な日本銀行の政策運営で急速な円安傾向が長期間続くとの個人の懸念を緩和させ、個人の中長期のインフレ期待の上昇を一定程度抑える効果が期待できるはずだ。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。