調整が続く暗号資産価格
暗号資産(仮想通貨)ビットコインの価格は、2020年以来初めて、2万ドル台の低水準で推移を続けている。2021年春に大幅に価格が下落した後、2021年末に7万ドル程度まで戻したが、その後はほぼ一貫して低下傾向を辿ってきた。仮想通貨市場の時価総額は2021年11月の約3兆ドルのピークから、足元では3分の1程度にまで落ち込んでいる。
今年に入ってからの下落は、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ加速観測と、5月のステーブルコイン「テラUSD」の暴落の2つが、大きな引き金となった。暗号資産の通常の売買は、キャピタルゲインを産むことはあってもインカムゲインは産まない。従って、金利の水準が上がってくると、債券などの金融商品に対して、暗号資産の相対的な魅力は低下することになる。
また、ドルと価値が連動しているステーブルコイン「テラUSD」の暴落は、ステーブルコイン以外の暗号資産市場にも大きな打撃となった。それは、暗号資産市場全体の信頼性を損ねたのである(コラム「 ステーブルコイン『テラUSD』が暴落 」、2022年5月17日)。
また、ステーブルコインは、価格変動が激しいその他暗号資産を待機させておく、暗号資産市場内での安全資産の役割を果たしてきた。その安全性に疑問が生じれば、暗号資産投資全体のリスクも高まり、取引も縮小しやすいのである(コラム「 激震が収まらないステーブルコイン市場 」、2022年6月14日)。
暗号資産バブルとリーマンショック
テラUSDは、その価値を1ドルに保つように設計されたが、現在の価値は1セントを割り込んでいる。この崩壊を引き金に、テラUSDのドルとの連動を支える仕組みだったトークン・ルナの価値は99%以上暴落したのである。
テラUSDの暴落は、固定為替制度が維持できなくなって通貨が暴落する通貨危機に似たところがある。しかし、その価値が一気に100分の1になるなどは、通貨危機では普通には起こらない。暗号資産の世界での安全資産が、最もリスクの高い暗号資産へと一変したのである。
現在の暗号資産の価格下落を、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)になぞらえる向きもある。テラUSDが暗号資産の世界におけるベアー・スターンズだとすれば、リーマン・ブラザーズ破綻のような状況が間近に迫っているのではないか、と懸念する声も増えている。リーマンショックでは、追加証拠金の要求に業者が応じられなくなったことが初期兆候だったが、同様の事態は暗号資産の業界でも足元で起きている。
DeFiが価格の行き過ぎを増幅か
リーマンショックでは、不動産価格の上昇期待のもと、不動産関連の証券化商品の価格上昇が行き過ぎたことが金融システムを大きく揺るがした。他方、暗号資産の世界では、分散型金融(DeFi)という仕組みが、投機、バブルを生みだすことになったと考えられる。
DeFiプラットフォーム「アンカー・プロトコル」のもとで、テラUSDは、テラUSD建て預金に20%の高利回りを保証していた。テラUSDの創業者のクォン氏は、市場環境に応じた変動金利にするよう主張したチームメンバーの反対を押し切って、テラUSDのユーザを集めるために、アンカー・プロトコルの預金に固定金利の利回りを設定することを決めたのである。
2021年3月にこのアンカーが始動すると、その利回りは約20%に設定された。その高利回りに引き寄せられた何十億ドルもの投資資金が、テラUSDが崩壊するまで流入したのである。
テラUSDの暴落を受けて、暗号資産レンディング(貸出業)を手がけるセルシウス・ネットワークも、顧客の全口座(数十億ドル相当)を凍結する事態となった。同社はビットコインなど暗号資産を預けた人に高金利を約束したが、預かった暗号資産を融資に回していたのである。その結果、セルシウスに暗号資産を預けたユーザは、それを取り戻せていない。
他方で、テラUSDの創業者のクォン氏は、別のDeFiプラットフォーム「ミラー・プロトコル」の導入も進めた。ミラー・プロトコルは実質的には、デジタル通貨を使って米国株の価格を追跡する擬似株式市場だった。
しかし、これは米国証券法に抵触する恐れがあった。実際、それは米証券取引委員会(SEC)に目をつけられ、SECは昨年、ミラー・プロトコルの調査を始めたのである。
規制強化とDeFiの健全な発展
このように、DeFiのもとでの預金、貸出といった銀行ビジネスや株式投資に相当する仕組みが、暗号資産市場に資金を集め、価格を大きく押し上げる役割を果たしてきた。
過去のバブル崩壊への対応から実社会では導入されている上限やセーフティーネット(安全網)も、暗号資産では全く整備されていなかった。そうした中、通常の金融取引では容易に実現しないような高い収益を求め、資金が暗号資産に流入したのである。それは一種の「規制逃れ」のようでもある。
しかし、価値が固定されているはずの巨額の「ステーブルコイン」が消え、法外なレバレッジが大規模な投げ売りを誘発して初めて、暗号資産が抱える問題が明らかになったのである。
ステーブルコインを中心に、暗号資産に対する規制強化の動きが各国で強まっている。その先陣を切ったのは日本である(コラム「 ステーブルコインを規制する初めての法律が成立 」、2022年6月6日)。当面は規制強化の流れが強まり、その中で暗号資産市場での収益期待は低下して、取引も抑えられていくだろう。しかし、それによって暗号資産が廃れてしまえば、金融のイノベーションの一角を担うDeFiも成長の機会を失ってしまいかねない。
金融システムの安定、投資家保護の観点から規制強化を進める一方、DeFiがユーザの利便性を一段と高める、健全な分野として発展していけるよう、当局には双方に留意したバランスの取れた政策が期待される。
(参考資料)
"Crypto's $2 Trillion Shakedown Portends Lehman Moment", Bloomberg, June 27, 2022
"Do Kwon's Crypto Empire Fell in a $40 Billion Crash. He's Got a New Coin for You", Wall Street Journal, June 23, 2022
"The Fire Burning Beneath Crypto's Meltdown", Wall Street Journal, June 23, 2022
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。