銀行であれば取り付け騒ぎ(バンクラン)に
暗号資産(仮想通貨)市場の激震が収まらない。年初には6万ドル台にあったビットコインの価格は、足元では2万ドルを割り込み、2021年11月以来の水準まで下がっている。時価総額は、昨年11月のピークの3兆ドルから、足元では8,900億ドルと3分の1まで減少したという(コインマーケットキャップ調べ)。
暗号資産市場の調整局面は過去に何度もあったが、時価総額がここまで大きくなり、また市場参加者も多様化したこの段階で生じる大きな調整は、過去の調整局面と比べても傷が深くなりそうだ。暗号資産市場は「冬の時代に入った」との見方も出てきた。
暗号資産市場の調整の底流にあるのは、米連邦準備制度理事会(FRB)の急速な政策金利引き上げと、それを反映した長期金利の大幅上昇だろう。ただし、足元の激震の直接的なきっかけとなったのは、5月のステーブルコイン・テラUSDの急落だ(コラム「 激震が収まらないステーブルコイン市場 」、2022年6月14日、「 ステーブルコイン『テラUSD』が暴落 」、2022年5月17日)。
信用収縮は他社にも連鎖していった。暗号資産の貸出業(レンディング)を手掛けるセルシウス・ネットワークは、6月に顧客資産を凍結し、顧客は資金を引き出せない状況に陥った。顧客から預かり貸出に回していた暗号資産が回収できなくなったためである。銀行であれば取り付け騒ぎ(バンクラン)だ。他の暗号資産の貸出業でも同様な事態が次々と生じている。
暗号資産業界の「金融危機」の様相
テラUSDの崩壊などで巨額の損失を被った、シンガポールに拠点を置く暗号資産運用専門のヘッジファンド、スリー・アローズ・キャピタルは6月29日に、英領ヴァージン諸島の裁判所から事業清算を命じられた。同社が暗号資産の相場下落で損失を抱え、追加担保の差し入れや融資元への返済が困難になったためである。同社に融資していたブローカーのボイジャー・デジタルは、暗号資産取引所のFTXから借り入れを余儀なくされるとともに、顧客の引き出しを1万ドルに制限した。
一方、暗号資産取引所大手の米コインベース・グローバルは、人員の18%を削減すると発表し、内定の取り消しにも動いている。さらに人員削減の波は、ジェミナイ・トラスト、クリプト・ドット・コムといった取引所やブロックファイなどの貸し手にも急速に広がっている。まさに暗号資産業界の「金融危機」、「金融不況」の様相である。
ステーブルコインはドルペグの通貨に似る
ステーブルコインは暗号資産市場の安全資産との位置づけだったが、その「安全神話」が崩れたことの衝撃は非常に大きかったのである。法定通貨と連動していないビットコインなどの暗号資産の価格もボラティリティは大きいが、テラUSDのように短期間で価値が100分の1になるような劇的な調整は起きない。
ビットコインとテラUSDは、為替市場で例えると、変動相場制を採用する比較的信頼性の低い通貨と、ドルペグを採用する通貨の関係に近い。
テラUSDはドル資産の裏付けを持たず、アルゴリズムでドルとの連動性を維持していた。それが弱点となり、今回はドルペグが持続できなくなって、通貨危機のような状況に追い込まれたのである。通貨危機でも価値が100分の1になるような調整は起きないが、テラUSDはそれ自身が持つ価値が明確でないため、急激な価格下落に見舞われた。
他方、テザーのようなドル資産の裏付けを持つステーブルコインも、ドルとの連動性がやや揺らいできている。ドル資産の裏付けが十分あるかどうかについて疑問が持たれているためである。公表している外貨準備の数字に疑問が持たれているドルペグ通貨のケースに似ている。
変動相場制の下で為替変動が大きければ、その国の経済、貿易、物価が不安定になるという弊害が生じる。しかし、変動相場制である限り、通貨危機のような状況は起きにくい。為替レートは常にファンダメンタルズの変化を反映して変動を続けているため、ファンダメンタルズから大きくは乖離せず、短期的な変動幅には限りがある。
規制強化でステーブルコイン信頼性を取り戻せるか
この点から、暗号資産市場の安定回復に優先的に取り組むべきなのは、ステーブルコインの改革や規制導入だろう。
6月30日にイエレン米財務長官はFRBや証券取引委員会(SEC)などの高官との会合で、ステーブルコインの規制について協議した。米財務省はこの協議に関する声明で「イエレン長官は、現在と将来のリスクに対処するステーブルコイン規制の枠組みを迅速に導入するため、真剣な法整備の取り組みを引き続き建設的に進めていく必要がある、と強調した」と説明した。
規制が及んでいない暗号資産を用いた分散型金融(DeFi)の貸出、預金の仕組みの中に、暗号資産市場に大きな歪みを引き起こす要因があった。規制の導入を通じて、暗号資産市場の安定性と信頼性を取り戻していくことができれば、DeFiというイノベーションがより発展し、利用者の利便性向上と経済の効率化向上に資するだろう。
そうしたことが実現するのであれば、足元の暗号資産市場の動揺は、将来的なDeFiの発展につながるものとなるかもしれない。今回の混乱を「暗号資産冬の時代の始まり」と呼ぶ向きがある一方、そこで淘汰が進むことなどから、将来の発展の礎となる「産みの苦しみ」と捉える向きもある。
(参考資料)
"Crypto’s Tumultuous Second Quarter Leaves Investors Asking: What Else Could Go Wrong? (地に落ちた仮想通貨、まだ悪夢は続くのか?)", Wall Street Journal, July 1, 2022
"Yellen Urges Regulators to Work with Congress on Stable coins (米財務長官、ステーブルコイン巡り規制当局に議会との協力求める)", Bloomberg, July 1, 2022
「仮想通貨ファンドのスリーアローズが清算へ 債務返済が困難」、2022年6月30日、日経速報ニュース
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