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米中ともに景気減速を示す経済指標

中国国家統計局が7月31日に公表した7月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は、49.0と6月の50.2から予想外の低下となった。そして、判断の分かれ目である50を2か月ぶりに再び割り込んだのである。

中国ではゼロコロナ政策の影響で今年4-6月期の実質GDPが前期比ベースでマイナスとなったが、その後、ゼロコロナ政策が緩和されることで経済活動は順調に持ち直すとの期待が高まっていた。しかし、この数字はそうした期待に水を差すことになったのである。

また米国でも4-6月の実質GDPが2四半期連続で前期比マイナスになるなど、物価高騰や急速な利上げによって経済は減速し、景気後退懸念も広まってきている。経済規模で世界第1位の米国と第2位の中国で、ともに景気の下振れを示す指標が相次いだことで、世界経済の先行きに関する見通しがにわかに厳しくなってきた。

昨年来の不動産不況が銀行問題へも発展

中国経済の不振の原因は、ゼロコロナ政策の影響だけではない。昨年来続く不動産不況も、引き続き中国経済に悪影響を与え続けている。デベロッパーは深刻な資金繰り悪化に直面しており、その結果、既に販売した住宅の建設を完成できないケースが増えている。デベロッパーが2020年末までに販売したマンションのうち、約6割しか顧客に受け渡していないという。

このことから、顧客は新規の住宅購入を見合わせる動きを強めている。これがデベロッパーの資金繰りをさらに悪化させて住宅建設を遅らせる、という悪循環を生じさせている。

そして足元で広がってきたのは、住宅購入者がまだ完成していない仕掛かり物件の住宅ローンの銀行への支払いを拒否する動きを見せていることだ。これは銀行の不良債権問題に発展しており、最悪のシナリオの場合、住宅ローン全体の6.4%に相当する2兆4,000億元がリスクにさらされる、とS&Pグローバル・レーティングは予測している。

こうした動きを回避するために、銀行がデベロッパーに追加融資を行い、住宅建設を促すことをすれば、それが新たな不良債権を生んでしまう恐れもあり、銀行はまさに身動きが取れない状況に陥っているのである。

指導部は巨額の経済対策などを見送る

このように中国経済の成長に急ブレーキがかかる中で7月28日開催された共産党中央政治局会議では、不動産市場対策、ゼロコロナ政策の修正、成長押し上げに向けた新たな刺激策などは決定されなかった。地方政府の財政出動を支えるために、資金調達となる特別債券の新規発行枠の発表をすることもなく、また地方政府が将来の発行枠を前倒しで使うことも認めなかったのである。

中国指導部は5.5%という今年の成長率目標について、既に達成を諦めているように見える。先日公表された国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しでは、2022年の中国の成長率は+3.3%と予想された。民間機関の間では+2%台の予想もでてきている。

今年は、秋に異例の3期目続投を目指す習近平国家主席にとって政治的に重大な年であるが、その中でも、成長率目標を達成するという強い意欲は感じられない。政治的に重要な移行期間には、指導部が景気浮揚に奔走する、という従来の経験則は、今回については当てはまらないようだ。

中国の景気減速容認の姿勢が世界経済の大きなリスクに

指導部が大型の経済対策の実施に慎重なのは、それが、習近平政権が進めてきた構造改革への取り組みを損ねてしまうからではないか。また、ゼロコロナ政策を堅持しているのは、習近平政権が、コロナ感染による死者を防ぐことが、経済の悪化を防ぐことよりも重要と考えているからではないか。さらにそれが、中国の統治モデルが他国よりも優れていることをアピールするうえで重要である、と政権が考えているからかもしれない。そして現状では、政権基盤は比較的安定していることから、景気情勢が多少悪化しても、政権維持に大きな不安はないと考えているのかもしれない。

確かに、景気減速に対して金融、財政政策を迅速に出動して景気浮揚を図ることが正しい政策であるとは限らない。そうした政策対応には必ずコストが付きまとい、中国の場合では企業の行き過ぎた投資、不動産・株式市場の過熱、金融システムの一段の脆弱化を招いてきた歴史もある。

それでも、政権がゼロコロナ政策を堅持し、不動産不況に強く介入しないことは、さらなる経済の悪化を招き、さらに国民の不満を高めかねず、政治の観点からは冒険でもある。そして、こうした習近平政権の姿勢が、中国の需要減速とサプライチェーンの混乱を通じて、世界経済に大きな逆風となってきているのである。

(参考資料)
"China's Leaders Aren't Sweating Growth Slowdown(刺激策は当面封印、成長目標は事実上の撤回)", Wall Street Journal, July 30, 2022
"China Needs Decisive Action on Property, Before It's Too Late(中国住宅危機、手遅れ回避にはバズーカ導入を)", Wall Street Journal, July 29, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。