&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

訪台は台湾を見捨てないとの米国の姿勢を明確にするため

ペロシ米下院議長は2日に台湾を訪問し、3日には蔡英文総統と会談した。中国はこれに強く反発しているが、中国側の対応は今のところは想定内であり、直ぐに軍事的衝突にまで発展するような状況とは見えない。これを受けて3日の金融市場では、地政学リスクへの警戒が前日からやや薄らいでいる(コラム「 台湾地政学リスクの高まりで金融市場は動揺:リスク回避の円買いも復活 」、2022年8月2日)。

会談後に蔡総統とペロシ下院議長は、共同の記者会見を行った。蔡総統は、台湾は高まる中国の軍事的脅威に屈しない姿勢を改めて強調するとともに、インド太平洋の安全保障で米国との関係を強化し、防衛力を強化する考えを示した。

他方ペロシ下院議長は、訪台は台湾を見捨てないとの米国の姿勢を明確にするためだった、と説明した。こうした両者の発言は、中国を一層刺激するものだ。両者の発言を受けて、為替市場ではリスク警戒が一時的に高まり、円は小幅に買われた。

中国は、軍事行動を本格化も想定の範囲内

ペロシ米下院議長の台湾訪問を受けて中国は、軍事的な行動を本格化している。国営新華社通信は2日夜に、中国軍が台湾を取り囲むように周辺の6か所の空・海域で実弾射撃訓練を伴う重要軍事演習行動を4~7日に実施すると発表した。また、安全のため期間中の同区域への船舶や航空機の立ち入りを控えるよう通知した。

また東部戦区は2日夜から、台湾の北部、南西部、南東部の空・海域で行動訓練を実施していると公表した。台湾海峡で長距離の実弾射撃、台湾東部の海域でミサイルの試射などを予定しているという。

一方、中国税関総署は3日に、台湾産のかんきつ類、冷凍アジ、タチウオの輸入を停止すると発表した。また中国商務省は、台湾への天然砂の輸出停止を決定した。いずれも、台湾に対する経済制裁措置である。

ホワイトハウスは事態の悪化を避ける

ホワイトハウスは、ペロシ米下院議長の台湾訪問が中国との関係を一層悪化させることを望んでいない。ホワイトハウスは2日に、中国に対して緊張を高めないよう呼びかけるとともに、ペロシ議長の台湾訪問は、議員1人による通常の旅行だ、と位置づけ、事態の鎮静化に動いた。

サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は2日に、「以前にも下院議長が台湾を訪問したことがある。議員は絶えず台湾を訪れており、既に今年も数人が訪問している」と説明している。そのうえで、事態をエスカレートさせているのは中国であり、米国側にはエスカレートさせる意図はない、と述べている。

さらにバイデン大統領は最近、ペロシ氏が台湾を訪問する可能性について質問された際に、「現時点で米軍は良い考えではないと思っている」と答えており、中国を過度に刺激する恐れがある台湾訪問を必ずしも望んでいなかったことを裏付けている。米国政府は、事態の悪化を避ける方向に動いているとみられる。

中国はどう落としどころを探るか

米下院議長による前回の台湾訪問は1997年のニュート・ギングリッチ氏(共和党)によるもので、中国はこの訪問を容認してしまったことに強い後悔の念を持っているとされる。それゆえに今回は、事前に訪問を撤回させようと強硬に米国側に働きかけていたのである。

今のところ、中国側の対抗措置は想定の範囲内であり、一気に軍事衝突に発展するリスクは小さい(コラム「台湾地政学リスクの高まりで金融市場は動揺:リスク回避の円買いも復活 」、2022年8月2日)。今年後半に習近平国家主席の任期再延長という重要な政治イベントを控え、中国側もここでいたずらに事態を悪化させることを望んでいないだろう。

ただし、言葉の上ではかなり強硬な姿勢を示してしまった中国側が、最終的にメンツを保ちつつどのような落としどころを探るのかはまだ分からず、米中間の緊張が強まる可能性はなお残されている。金融市場でも地政学リスクとして、台湾問題への注目がしばらく続くだろう。

(参考資料)
"Afghanistan Strike, Pelosi Visit to Taiwan Put Foreign Policy Back on Center Stage for Biden(ペロシ氏訪台やテロ掃討、試されるバイデン外交何年にもわたって醸成されてきた国際的な課題に直面)", Wall Street Journal, August 3, 2022
「中国、台湾に軍事威嚇本格化=農水産物の輸入停止」、2022年8月3日、時事通信
「ペロシ氏台湾到着に中国猛反発「必ず血を流す」 軍事演習実施へ」、2022年8月3日、毎日新聞

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。