米国のインフレ懸念緩和で株式市場は楽観論強める
米国株式市場は、足元で上昇傾向が続いている。その影響を受けて、日本株も堅調となっており、日経平均株価は年初来の下落分を取り戻し、17日には7か月ぶりに2万9,000円台に達した。
株式市場が楽観論を強めるきっかけとなったのは、米国での物価上昇率が今後低下していき、それが米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースを鈍化させることを通じて、経済の安定にも寄与する、との観測が生じているためだ。
実際、米国ではインフレ懸念が幾分和らいでいる。米労働省が10日に発表した7月消費者物価指数(CPI)は前年同月比+8.5%と6月の同+9.1%から低下し、市場予想を下回った。その主な要因は、原油価格の低下を映したガソリン価格の下落だ。コアCPIも3月の前年同月比+6.5%をピークに緩やかな低下傾向を続けている点を踏まえると、物価の高騰は最悪期を脱しつつある可能性も考えられる。
ガソリン価格の下落は、米国消費者の心理にも影響を与えている。米ミシガン大学が12日に発表した8月の消費者信頼感指数(速報値)は55.1と、7月の51.1から上昇し、市場予想の52.5を上回った。6月には過去最低の50.5を付けていた。
FRBは、7月26・27日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、先行きの金融引き締めのペースは経済指標次第、との姿勢を示し、それ以前の目をつぶって急速な金融引き締めを行う姿勢を修正した。しかし、米ミシガン大学の8月の消費者信頼感指数で、5年先のインフレ期待は2.9%から3.0%に逆に上昇している点も踏まえると、現時点でFRBが物価高に対する警戒を緩めているとは思えない。
期待インフレ率の低下する中で金融引き締め効果はむしろ強まる
この先、物価上昇率が緩やかながらも低下していく過程では、企業、家計の期待インフレ率(物価見通し)は低下していく。それ自体は、経済活動にプラスに働くだろう。しかし、期待インフレ率の低下は実質金利(名目金利-期待インフレ率)を上昇させ、経済に悪影響を与えることにもなる点に注意が必要だ。
市場で決まる長期金利は期待インフレ率の低下に合わせて低下する傾向が強いことから、実質長期金利は上昇しない可能性が高い。しかし短期金利は、中央銀行が金融緩和に転じない限り低下しないことから、実質短期金利は大きく上昇し、追加的に景気抑制効果を発揮するのである。
FRBが物価警戒を解かず、金融引き締めを続ける中では、むしろ物価上昇率が低下をはじめ、期待インフレ率の低下する中で実質短期金利はそれ以前よりも急速に上昇し、金融引き締め効果が一気に強まることになる可能性がある。
オーバーキルのリスクは比較的高い
また、物価上昇率が緩やかに低下し、景気減速が明確になっても、FRBが物価高への警戒を緩めない場合には、金融緩和に転じるタイミングは遅れる。あるいは金融緩和に転じても利下げのペースは緩やかにとどまる。そのため、実質短期金利は高止まり、ないしは上昇し、景気抑制効果を発揮するのである。
過去には、景気減速や金融市場の混乱を受けて、FRBは急速な金融緩和に転じ、それが事態の改善に貢献してきた。近年では、リーマンショックやコロナショック後の対応がそうである。
しかし歴史的な物価高を受けてFRBのインフレ警戒が非常に強まる中、今回はそのような対応にならないだろう。FRBは今まで歴史的なペースで利上げを進めてきたが、金融引き締めによる経済への影響が大きく出てくるのは、まさにこれからである。そのため、FRBが景気を犠牲にしても物価の安定を優先する姿勢を鮮明にする中、金融引き締めが景気を過度に悪化させてしまうオーバーキルのリスクは比較的高いのではないか。
物価上昇圧力の緩和によるFRBの金融引き締め姿勢の緩和及び景気悪化リスクの低下への期待から、株式市場は足元で楽観論を強めている。しかし以上の点を踏まえると、それは長続きしないのではないか。
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