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日本銀行がCBDCを発行する場合には民間との協業、連携を重視

スマートフォン決済などの民間デジタル通貨のサービスを提供する決済事業者にとって、来年にも全銀システムを自ら利用できるようになることは、ビジネスの大きな追い風となり得る(コラム「 日本の決済システムに変革の大波:ことら送金サービス開始、全銀システムの決済業者への開放 」、2022年8月16日)。

決済事業者は、今まで銀行に支払っていた送金手数料を節約することができるようになる。その分、決済事業者が店舗から徴収していた加盟店手数料を引き下げることも期待できる。そうなれば、店舗側の負担も軽減される。また、低コストのもと頻繁に銀行決済が行えることで、迅速な着金が可能となり、店舗側は流動性リスクの管理もより容易となる。その結果、新たにスマートフォン決済を導入する店舗が増えれば、ユーザもさらに増やすことができる。

他方、決済事業者にとっての懸念は、将来、日本銀行が中銀デジタル通貨(CBDC)を発行する場合には、それが民間デジタル通貨のビジネスに悪影響を及ぼすことではないか。日本銀行は、CBDCを発行する計画は現時点ではないとしたうえで、将来、CBDCを発行する場合でも、民業圧迫とならないように十分に配慮した設計とし、民間ビジネスとの協業、連携を重視する姿勢を明確に打ち出している。

CBDCと民間デジタル通貨との関係

例えばCBDCという公的なプラットフォームを介して、民間デジタル通貨同士の交換が容易に行われるようになる。そうなれば、店舗によっては民間デジタル通貨が利用できない、といった現在ユーザが抱えている不便さは解消される、と日本銀行は説明する。

ただしそうした問題は、民間デジタル通貨を発行する決済事業者が、全銀システムを自ら利用できるようになれば、あるいは将来、決済事業者も個人間少額決済の「ことら送金サービス」を低コストで利用できるようになれば、CBDCの仲介がなくても可能となっていくのではないか。

CBDCは「競争領域」と「非競争領域」の「二重構造」

一方で日本銀行は、CBDCはインフラ部分をなす「非競争領域」と、追加サービスを提供できる「競争領域」からなる「二重構造」となる可能性を示している。CBDCの発行、流通を仲介する銀行や決済事業者からなる仲介機関は、「非競争領域」でCBDCの仲介業務を遂行する責務を負うだけでなく、「競争領域」でそれぞれが切磋琢磨しながら創意工夫、イノベーションを発揮して、CBDCを材料に様々な追加サービスをできるように設計できる、と日本銀行は説明する。具体的には、家計簿サービス、電子データ交換(EDI)、請求書伝送サービスなどを挙げている。

このように日本銀行は、CBDCは日本銀行と民間企業とが協業することで成り立つシステムとなることを、強調しているのである。他方で、CBDC上での決済事業者の新たなビジネスと、現在決済事業者が発行しているデジタル通貨との関係についての考えは、明らかでないように見える。両者は重複、競合することから、日本銀行としては、決済事業者が民間デジタル通貨をCBDC上のビジネスへと切り替えていくことを期待しているのかもしれない。

CBDCが民業圧迫となるリスクも排除できない

ただし、決済事業者が民間デジタル通貨上で現在行っている多様な顧客向けサービスを、そのままCBDC上で行うことは可能なのだろうか。例えば、個人が民間デジタル通貨を利用するうえで大きな誘因となっているのはポイント制度だろう。ポイントで資金運用など様々なサービスを利用できる。ただしそれは、民間デジタル通貨が法定通貨でないために可能な面もあるだろう。CBDCという法定通貨のもとでは、そうしたサービスには現行の金融関連法が適用され、大きく制約されてしまうのではないか。

また、決済事業者が民間デジタル通貨をCBDC上のビジネスに切り替えていく場合には、今まで実施してきた投資が無駄になってしまう面があるだろう。他方で、民間デジタル通貨のビジネスを続けていく場合には、CBDCとの厳しい競争が待ち受けているのではないか。

CBDCが発行される場合、それは民間デジタル通貨と同様にスマートフォン決済などで利用されることになるだろう。それは中央銀行が発行する法定通貨という信用力の高さで、民間デジタル通貨を凌駕してしまうことにならないだろうか。

また法定通貨であるCBDCは社会インフラであり、店舗からは手数料を取らない可能性が考えられる。その場合、店舗から手数料を取る民間デジタル通貨のビジネスは、競争上不利になってしまうのではないか。

中央銀行の高い信頼性と民間事業者の持つイノベーションを組み合わせることで、高い安全性、信頼性と高い利便性を併せ持つ新たな決済システムを作っていくことは望ましいことだ。しかし、CBDCを発行する場合には、民間ビジネスを制約してしまうリスクをなお排除できないように思われる。

CBDC発行後の決済システムを理想的な形に近づけるためには、まだ多くの問題を解決しなければならないだろう。

(参考資料)
「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会・中間整理」、2022年5月13日、日本銀行

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。