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ロシアはアジア、中東へ原油の迂回輸出を拡大

国際エネルギー機関(IEA)の石油月次報告書によると、ロシアの原油(及び石油製品)の輸出量は年初の日量800万バレルから、7月には日量740万バレルへと7.5%減少した。先進諸国が相次いでロシア産原油の(原則)輸入禁止措置を決める中でも、減少幅は決して大きくはない。それは、先進国向けの輸出減少分の3分の2がその他の国の輸出に回されているためである。

ロシアは、制裁下でもエネルギー輸出が大きく減少しないように、様々な形で策を弄している。先進国向け輸出が減少した分の受け皿になったのが、インドや中国といったアジア諸国であった。インドはロシアにとって最も上客となった。政府の指示に従って、インドの企業はウクライナ侵攻開始直後の数週間のうちに、それまでほぼゼロだったロシア産原油の輸入を日量およそ100万バレルにまで急増させた。

ロシアはアジア諸国だけでなく、中東諸国への輸出も増加させている。ロシア産重油は、今やその多くがエジプト経由でサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に輸出されているのである。

ロシア産石油はサウジアラビアの発電所で燃料として使われるか、あるいはUAEのフジャイラ港から輸出されている。フジャイラ港は、ロシア産やイラン産の原油が混合され、原産地が偽造される一大拠点となっている。

また、サウジ国営石油会社サウジアラムコは、ディスカウントされた価格でロシア産原油を購入しそれを国内で販売する一方、自国産の原油はより高い市場価格で輸出している。ロシアを支援する狙いから、サウジは原油の増産強化を求めるバイデン政権の要求を十分に受け入れていない。これが世界の原油価格の押し上げ要因となり、ロシアの原油輸出収入を支える結果ともなっている。

世界経済の減速が、ロシアの原油輸出に打撃

西側諸国がロシアへの制裁を強化する中で、銀行や資源商社大手といった西側企業の多くは、ロシア産原油の扱いを大幅に減らすか、ないしは打ち切っていった。その過程で、ロシア産石油はグレンコアやガンバーなど大手商社ではなく、より小規模な商社が代わって扱うようになっていった。これらの小規模な会社は、ロシア国営石油大手ロスネフチに対して、制裁を回避するため、ドバイやシンガポールに担当者を配置し、ロシアの迂回輸出を助けているのだという。そしてロシアは、原油の輸出実態を隠すために、石油生産など月次データの公表を停止したため、その実態は見えにくくなっている。

制裁措置の影響で、ロシアの経済や財政を支える原油輸出は打撃を受けたものの、こうした迂回輸出や産地偽装などを通じて、大幅な減少は回避できているのが現状だ。これは、対ロ制裁措置の限界を示唆しているとも言えるだろう。

ただし、大幅な金融引き締めの影響などで世界経済は今後減速に向かい、世界の原油需要は縮小する可能性が見込まれる。そうなれば、需給バランスが悪化して、原油価格も明確に下落するだろう。原油の輸出数量減少と価格低下の双方の影響が、ロシア経済とロシアの財政に大きな打撃を与えることが視野に入ってきたのである。

制裁措置だけではロシアに致命的な打撃を与えることができなかった先進諸国は、自国経済の悪化という犠牲を払うことで、ロシアに大きな打撃を与えることになるだろう。結局、両者は痛み分けとなるのである。

(参考資料)
"Russia Confounds the West by Recapturing Its Oil Riches(ロシアの石油収入に陰りなし、販路を巧妙に開拓)", Wall Street Journal, August 30, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。