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DX人材(デジタル推進人材)は230万人不足

旭化成は、2024年度までにデジタル人材を2021年度比で10倍となる2,500人にまで増やす計画だ。増加分の多くは、リスキリング(学び直し)を通じた自前の人材育成による。2023年には、データ分析など実践的なカリキュラムを始めるという。

旭化成は、2021年に専用サイトを開設してデジタル人材の中途採用に力を入れた。しかし深刻なデジタル人材不足の中、人材獲得競争は激しく、中途採用によるデジタル人材は思うように進まなかった面もあったとみられる。そこで、社内での育成も進めて、高度なデジタル人材のみならず実践的なデジタル人材の層を厚くする方向を打ち出したのである。

独立行政法人の情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2021」では、2020年度調査に基づいて、IT人材は134.1万人と推計されている。うち、事業法人のIT人材が34.1万人、IT企業のIT人材が100.9万人である。IT人材の4分の3がIT企業に偏在していることが、日本企業のDX人材不足を深刻にさせ、社会全体のDX化の推進を遅らせている。

これとは別に、政府はIT技術者やデータサイエンティストらを「デジタル推進人材」と定義したうえで、その数を約100万人と推計している。そのうえで、日本社会全体のDXを進めるには、その2倍以上となる230万人のIT人材が足りないとしている。

社会の要請と企業のニーズとが重なるリスキリングによるDX人材育成

「DX白書2021」によると、米国企業で、事業戦略上の変革を担う人材の「質」が不足しているとの回答が43.1%であるのに対して、日本企業では76.0%に達している。また、そうした人材の「量」が不足しているとの回答が米国企業で49.3%であるのに対して、日本企業では77.9%に達している。これはDX人材についてのみ企業が回答したものではないが、DX人材についても、米国企業と比べて日本企業での不足感は、「質」、「量」ともに大きいことが推察される。

ところで、米国企業ではDXに取り組んでいる割合が79.2%であるのに対して、日本企業では55.8%にとどまっている。この先、日本企業のDXへの取り組みが強化されていく中では、DX人材の不足感が一層強まることになるだろう。

DX人材を中途採用で確保していくことは、当該企業にとってはDX推進を助けることになるが、社会全体としては限られたパイの奪い合いに過ぎない。そこで、社会全体のDXを推進するのに必要なDX人材を生み出すためには、教育制度を変えていくことが求められるだろう。しかし、それには時間がかかり、社会のニーズの変化に迅速に対応するのは難しいだろう。そこで、リスキリングを通じた企業内でのDX人材の育成が求められているのである。

さらに、DX人材が大手IT企業に偏る、あるいは大都市部に偏ることで、中途採用ではうまく確保できないという問題にも企業は直面している。こうした社会の要請と企業のニーズとが重なる形で、企業内でのDX人材育成が高まりを見せているのである。

リスキリングでIT技能を身に着けるメリットは従業員、企業の双方にとって大きい

DX人材育成でリスキリング導入をアピールする企業でも、オンライン講座を社員に提供してその費用を補助するにとどまっているケースも少なくない。しかし今後は、外部の研究機関やIT企業への出向、大学への留学などを通じて、高度なDX人材の育成を本格化させていく企業が日本でも増えていくだろう。

そうした取り組みはまた、企業の収益性や成長性の観点から、投資家の企業評価において重要性を増していくだろう。米国は2020年に、上場企業に人材開発の状況などの開示を義務付けた。日本でも政府が人的資本に関する情報開示指針を公表する予定だ。

リスキリングでIT技能を身に着けることは、従業員の価値を高め、賃金上昇にもつながるものだ。さらに、従業員が自律的に学び向上心を養い、従業員のモチベーションを向上させ、また、従業員がキャリアパスを主体的に考えるようになるのではないか。また企業も、DXのリスキリングを通じて、従業員の特性やキャリアパスを改めて考えるようになるだろう。そうした中、企業と従業員との間の対話が強化され、より風通しの良い社風が強まることも考えられるところだ。

このように、DXのリスキリングには、従業員、企業の双方にとって多くの副産物も期待できるだろう。

(参考資料)
「DX白書」、2021年10月、 独立行政法人、情報処理推進機構(IPA)
「旭化成、デジタル人材を10倍2500人に 学び直しで育成」、2022年8月17日、日本経済新聞電子版
「リスキリング支援で生産性向上」、2022年8月16日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。