「PayPay」、「楽天ペイ」など決済アプリの口座で直接給与を受け取ることが可能に
給与をデジタル通貨で受け取ることができる「デジタル給与」制度の創設について、厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会で長らく議論が続けられてきたが、ようやく2023年4月にも解禁する方向になった、と日本経済新聞が報じている。労働者は、「PayPay」、「楽天ペイ」など決済アプリの口座で直接給与を受け取り、それをそのまま買い物などに使えるようになる。
給与の支払いに関する規制は労働基準法で定められており、現金で支払うのが原則となっている。ただし同法の施行規則は、「労働者の同意を得た場合に」限って銀行や証券会社の口座へ振り込むことを認めている。さらに資金移動業者(決済業者)の口座へ振り込むことを認める規定を追記することで、デジタル給与を法的に可能とすることが検討されている。
デジタル給与払いの議論は、アベノミクスの成長戦略に沿って2017年の「国家戦略特区ワーキンググループ」で賃金払いに関する規制改革が提案されたことから始まった。他国に比べて大きく後れを取っている日本のキャッシュレス化を推進することが、その狙いであった。「国家戦略特別区域」で試験運用しながら検討が進む予定だったが、労働政策審議会に議論が持ち込まれることになってから、議論は紛糾し始めたのである。
労働者保護を重視した制度設計に
労働政策審議会で労働者側は、資金移動業者の口座で給与受け取りを強制されるような事態の防止を徹底することや、資金移動業者の破綻やセキュリティの問題によって、労働者が給与として受け取ったデジタル通貨を失うことがないようにする措置を講じることを強く求めた。
デジタル給与については、労働者保護を重視した制度設計となる方向である。まず、厚生労働大臣が要件を満たす業者を指定することになる。また業者にはその財務状況などを厚生労働大臣に報告できる体制の整備を求めるほか、月1回は手数料なくATMなどで換金できることも条件とする方向だ。また、デジタル給与支払いに参加する資金移動業者の破たんに備えて、保証機関を活用する制度の創設も検討されているという。こうした労働者保護に関わる厳しい要件を設定することで、労働者側もデジタル給与制度を受け入れる方向となったのだろう。
銀行口座を持たない外国人労働者の利用も視野
同制度を利用すれば、銀行口座に振り込まれた給与を、いちいちデジタル通貨に振替する手間と手数料を節約することができる。既にスマートフォンでデジタル通貨を利用している人にとっては、この新たな制度を利用するインセンティブがあるだろう。
ただしそれ以上に重要なのは、銀行口座を持つことができない外国人労働者らが同制度を活用することで利便性を高めることができる。こうした金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の観点も、デジタル給与制度の創設で重要な点だ。
スマートフォン決済の信頼性を高めキャッシュレス化を後押しする副産物も
ところで、既にスマートフォン決済を利用している人の一部はデジタル給与制度を利用するようになるとしても、現時点で利用していない人が、デジタル給与制度の創設を機に、同制度を利用して新たにスマートフォン決済を始めるケースはそれほど多くはないのではないか。この点から、デジタル給与制度創設の当初の狙いである、キャッシュレス推進の効果については不確実である。
ただし、資金移動業者の破たんに備えて、保証機関を活用する制度が創設されるなど、デジタル給与制度の創設を機に、いわば副産物としてスマートフォン決済の安全性が強化されていけば、それがスマートフォン決済の信頼性を高め、その利用を一定程度促す可能性はあるだろう。
(参考資料)
「デジタル給与、来春にも 政府最終調整 決済アプリに入金」、2022年9月11日、日本経済新聞
「【記者の眼】アベノミクスの成長戦略「失敗」を巻き返せるか、トリガーはWeb3」、2022年8月18日、日経クロステック
「厚労省、デジタル給与の議論再開、いまだ見えぬ着地点」、2022年4月1日、ニッキン
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