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日本のミサイル防衛能力が試される

北朝鮮が10月4日に発射した弾道ミサイルは、日本北部の上空を通過して太平洋沖に落下した。日本列島の上空を通過するのは2017年以来のことである。今回発射されたミサイルの飛行距離は約4,500キロと過去最長で、北朝鮮のミサイルが米領グアムを脅かす射程を持つことが示された。

国連安全保障理事会(安保理)は2016~17年にかけて、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射や核実験に対し、制裁決議を計6回採択した。しかし現在は当時と大きく状況が異なっている。北朝鮮が度重なる抗議に耳を貸さないだけでなく、安保理では中国、ロシアが北朝鮮への制裁強化を阻んでいる。

安保理では今年5月に、ICBM発射を受けた制裁強化案が、中ロの拒否権行使で否決された。その両国は今回の弾道ミサイル発射後も、安保理で非難声明を目指す動きに同調しなかった。

北朝鮮のミサイルの脅威に対して、日本は一定程度のミサイル防衛能力を持つ。海上のイージス艦と地上の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)の二段構えである。さらに、防空能力強化のために政府は、「イージス・システム搭載艦」の建造も計画している。

ミサイル攻撃抑止力の選択肢

しかし北朝鮮は近年、変則軌道で飛ぶミサイルや極超音速兵器の開発を加速している。急速に進化している北朝鮮のミサイルに対して、日本の迎撃能力の脆弱性は高まっているのではないか。松野官房長官は9月末の記者会見で、「北朝鮮は極めて速いスピードでミサイルの開発を進めている。迎撃能力を高める不断の努力が必要だ」と焦りをにじませた。

日本が自らのミサイル防衛(迎撃)能力を強化することを通じて北朝鮮からのミサイル攻撃を抑止する、というのが今までの基本的な防衛戦略であった。しかし、その抑止力の有効性は揺らいできている可能性がある。

こうしたミサイル防衛能力強化以外に、もう一つの抑止力の選択肢として考えられるのが、反撃能力の強化だ。日米安全保障条約に基づき、日本は長らく、米国による報復反撃への脅威が、北朝鮮が日本に対してミサイル攻撃を行う抑止力になることを期待してきた。

しかし北朝鮮は、長距離ミサイルや、極超音速ミサイルといった米国の防衛態勢をかいくぐる可能性がある技術の開発を進めている。北朝鮮は、米本土を射程に収める能力を確立すれば、日本や韓国に対して攻撃を行っても、条約に基づき日本や韓国への防衛義務を負う米国から厳しい報復を受けるリスクを減らせる、と読んでいる、との指摘もある。

実際そうなれば、米国による報復が、北朝鮮による日本へのミサイル攻撃を十分に抑止する効果を持たなくなっていくのではないか。

反撃能力保有による抑止力強化

こうした背景の下、日本ではミサイル防衛で守りに徹するだけでは不十分であり、攻めの姿勢、つまり日本自身が反撃能力を持ったほうが抑止力になる、との見方が支持を集めてきている。こうした議論が進む背景には、北朝鮮によるミサイル発射が相次いでいることに加えて、今年8月にはペロシ米下院議長による台湾訪問に反発した中国のミサイルが、日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾したこともある。

他方、北朝鮮はミサイル攻撃能力に力を入れる一方、ミサイル防衛能力は脆弱である、との認識も議論の背景にある。こうした中、日本がミサイルによる反撃能力を持てば、それが北朝鮮によるミサイル攻撃の抑止力になりやすい、との見方がある。

年内に政府は、「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」の3文書を改定する。そこでの大きな焦点は、防衛費増額と並んで、抑止力の強化のための「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有である(コラム「 本格化する防衛力増強、防衛費増額と財源の議論 」、2022年10月3日)。

8月末に公表した来年度予算案の概算要求で防衛省は、敵基地攻撃能力にも使える、射程が長い「スタンド・オフ・ミサイル」の量産などを既に盛り込んでいる。

実際の運用には大きな課題

世論も次第に反撃能力保有による抑止力強化を指示するようになってきているように見える。NHKが実施した世論調査(5月)によると、反撃能力の保有に対する支持は2年前の40%から55%に上昇した。その後も相次ぐ北朝鮮のミサイル発射を受けて、支持はさらに高まっている可能性がある。

しかし、攻撃するには、まず相手の着手を認定する必要があり、その前に攻撃すれば国際法違反の先制攻撃となってしまう、あるいは相手が先制攻撃と受け止めてさらに攻撃の度を増すリスクがある、などの課題があり、実際の運用には依然として大きな課題を抱えている。そうした中で、反撃能力を保有するだけで果たして十分な抑止力を発揮できるのかについては、なお疑問が残るところだ。

北朝鮮のミサイル発射への対応における日本の手詰まり感は、反撃能力の保有によっても簡単には解消されるものではないだろう。

(参考資料)
"North Korean Missiles Push Japan to Improve Deterrence(北朝鮮の「弱み」に照準、日本は抑止強化に傾く)", Wall Street Journal, October 6, 2022

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。