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米国の威信を傷つけ原油価格を押し上げたOPECプラスの協調減産

石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟主要産油国で構成するOPECプラスによる減産合意によって、低下基調にあった原油価格は足元で上昇に転じた。これは物価上昇リスクを高め、世界経済に逆風となるだろう。また、米国とOPEC諸国との間の関係を悪化させ、国際政治情勢、安全保障環境にも影響を与える可能性がある。

OPECプラスは10月5日に、日量200万バレルの協調減産に合意した。これは、事前に伝えられていた減産幅を上回った。OPECプラス参加国の産油量は、8月に公式目標を日量340万バレル程度下回っていたことから、実際の減産幅はそれほど大きくない可能性が考えられる。しかし、世界の原油需給のひっ迫が続く中、OPECプラスが増産基調から減産の方針に転じたことの心理的な影響は大きかった。先行きの世界の需要鈍化への期待から1バレル80ドル程度まで低下していたWTI原油先物価格は、90ドル台まで一気に上昇したのである。

OPECプラスは増産を決めた理由として、先行き需要が鈍化して価格がさらに下落していくことを防ぐ措置、と公式には説明している。しかし、米国は今回の減産決定を自国に対する挑戦、敵対的行為と受け止めているだろう。OPECプラスには、減産合意で原油価格を下支えすることを通じて、ロシアの経済、財政を支援する意図があるとみられる。

中間選挙への悪影響も踏まえ、原油価格高騰を懸念するバイデン米大統領は今年の夏に、OPEC最大の産油国であるサウジアラビアを訪れた。2018年の反政府派ジャーナリスト、カショギ氏の殺害事件などを受けて悪化した両国の関係を改善する狙いがあった。その際に、サウジアラビアに原油の大幅増産を要請したが、サウジアラビアはそれに応えなかった。そうした中、今回の減産合意は、米国の威信を大きく傷つけることになったのである。

OPECプラスの減産合意に激しく反発する米議会

バイデン大統領はOPECプラスの減産決合意に失望を表明したうえで、政権として対応を検討していると明らかにした。政府は戦略石油備蓄の追加放出を検討しているとみられる。

他方米議会では、OPECが主導する石油カルテル解体や世界貿易機関(WTO)への提訴に加えて、加盟国の米国資産凍結も視野に入れた法律制定を目指す動きが急速に高まっている。

民主党のエドワード・J・マーキー上院議員は、「OPEC説明責任法」と呼ばれる法案を再提出する考えを明らかにした。同法案は、OPEC加盟国や友好国に働きかけ、石油生産や価格に関するカルテルを廃止するよう交渉することを米大統領に義務づけるものだ。さらに、交渉しても減産を緩和できなければ、米通商代表部(USTR)に対して、WTOでの紛争解決手続きに着手するよう求める。

また、他の民主党下院議員3人は、米国はロシアに協力する国に軍事的な支援を提供すべきではないとして、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)から米軍兵士と防衛システムの撤収を義務づける法案を提案している。

米国と湾岸諸国の関係で大きな転換点に

仮に成立すればこれらの法案以上に影響が大きいとされているのが、「石油生産輸出カルテル禁止(NOPEC)法案」である。これは、米司法省が反トラスト法違反でOPEC加盟国を提訴することを認める内容である。20年余り議論されているが、いまだ可決に至ったことはない。

NOPECでは、独占行為の禁止を定めるシャーマン法に基づき、司法省が米国の裁判所でOPEC加盟国を価格操作で提訴することが可能になる。さらにその結果生じた損害の賠償原資に充てる目的で、米国内に所有する資産を凍結することが認められているのである。超党派の4人の上院議員が、このNOPEC法案を提出した。

仮にNOPEC法案が可決された場合には、OPECはその報復として米国に対する原油輸出を見直す可能性がある。そうなれば、両者の対立は決定的となるだろう。

今回のOPECプラスの減産は、米国と湾岸諸国の関係において、大きな転換点となる可能性が考えられる。さらに、ロシアのウクライナ侵攻を受けて進む世界の分断を一層加速することになるだろう。

(参考資料)
"OPEC+ Brinkmanship Could Backfire(OPECプラスの瀬戸際戦略、裏目に出るかも)",Wall Street Journal, October 6, 2022
"Biden Weighs Options After OPEC+ Moves to Cut Oil Output(OPEC減産、米国で勢い増す報復論 解体も視野に)", Wall Street Journal, October 7, 2022

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。