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32年ぶりの円安水準も視野に

12日の東京市場でドル円レートは146円台に乗せ、9月22日に政府が円買いの為替介入に踏み切った水準を超えて円安が進行した。13日の東京市場でもさらに円安が進み、147円台が目前に迫っている。

政府が為替介入を見送っていることや、G20中央銀行総裁・財務相会合に参加している日本銀行の黒田総裁が、ワシントンで金融緩和を継続する必要性を改めて強調したことなどが円安の流れを後押ししている。この先、1ドル147円66銭を超えて円安が進めば、1990年以来32年ぶりの円安水準となる。

歴史的な物価高騰に見舞われる中、各国は自国通貨安が物価上昇率をさらに高めることを警戒して、事実上、金融政策を為替安定の手段に充てている。ただし、各国では、為替安定のために米国の急速な利上げに追随している結果、国内経済が犠牲となっており、そうした政策をいつまでも続けることには限界もあり、政策の手詰まり感が強まっている。

G20中央銀行総裁・財務相会合では、異例ではあるが、新興国だけでなく先進国からもドル独歩高やそれをもたらしている米国の急速な利上げについて、批判が高まる可能性がある。

円安の影響が輸入物価高の中核に

主要国の中では唯一、為替の安定に配慮した金融政策運営を行っていないのが日本銀行である。他の中央銀行とは異なり、通貨安回避も含めて物価の安定確保に向けた取り組みを示さない日本銀行の姿勢が、長期間にわたる物価高を許してしまうこと企業、家計、政府は懸念しているのではないか。

そうした日本銀行が10月13日に発表した企業物価統計(9月速報)は、日本の物価高のけん引役が、海外での商品市況から円安にシフトしてきていることを裏付けた。9月の円ベースの輸入物価は前年同月比+48.0%と前月の同+43.2%から上昇幅を拡大させた。他方、契約通貨ベースの輸入物価は前年同月比+21.0%と4か月連続で上昇幅が縮小してきている。

日本が海外から輸入する原材料はほぼドル建てで契約されている。そのため、契約通貨ベースの輸入物価上昇率は海外市場での財の価格の変化に主に反映している。この点から、この円ベースの輸入物価上昇率と契約通貨ベースの輸入物価上昇率の差が、円安進行による輸入物価押し上げ効果に当たるのである。

その差は9月に+27.0%ポイントと、現在の物価上昇局面では初めて、契約通貨ベースの輸入物価上昇率を上回った。このことは、輸入を通じた日本の物価上昇のけん引役が、海外での食料・エネルギー価格の上昇から円安にシフトしてきていることを意味する。

期待が高まる日本銀行の政策修正

その結果、日本の物価高現象を、国内政策の手が及ばない海外の商品市況高のせいにすることは根拠を失ってきている。日本政府が担う為替政策、為替市場に影響を与える日本銀行の金融政策が、国内物価動向、先行きの物価見通しを決める大きな要素となってきたのである。

年初来、円は対ドルで28%安くなっている。内閣府の日本経済モデルによると、これは、個人消費デフレータを1年間で0.49%、企業物価を1年間で2.32%押し上げる計算となる。

政府による為替介入実施後も円安進行に歯止めが掛からず、その効果について期待が次第に剥落するなか、日本銀行が為替の安定を通じた物価安定の確保に強い姿勢を示し、それを裏付ける政策修正を行うことへの期待は、今後さらに高まっていくだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。