FRBが赤字に陥るタイミングが迫る
米連邦準備制度理事会(FRB)が大幅な利上げを続ける中、FRBが赤字に陥るタイミングが迫っている。それが直ぐにFRBの利上げの大きな障害とはならないだろうが、FRBが政治的な圧力にさらされるきっかけとなる可能性がある。この点から、多少長い目で見れば、利上げを一定程度制約する要因になり得ると言えるだろう。
FRBに限らず、各国中銀の重要な収入源となっているのは、国債を中心とした保有債券からの利子(金利)収入である。中央銀行は、通常の金融政策運営をしている際にも、一定程度の国債を民間銀行から買い入れ、それと交換に中銀当座預金というマネーを民間銀行に供給している。それが、経済が成長していく中で必要となる銀行貸し出しや現金を生み出す原資となるのである。
さらに近年では、幾つかの中央銀行は、国債など債券を大量に買い入れるバランスシート拡大策を導入している。その結果、中央銀行が買い入れた債券の利子収入は大幅増加傾向にあった。ところが今年に入ってからは、FRB、イングランド銀行(BOE)など主要中央銀行は、バランスシートを縮小させる量的引き締め(QT)を始めたため、利子収入は減り始めている。
さらに、短期の政策金利を引き上げているため、それに連動して中央銀行が民間銀行に対して支払う中銀当座預金の利払いが増加している。利子収入は長期金利、利払いは短期金利と連動するため、中央銀行が短期金利を大幅に引き上げ、長短金利が逆転(逆イールド)すると、中央銀行の収入はネットで減り始め、いずれは経常赤字に陥ることになる。さらに赤字が拡大すれば債務超過に陥るのである。
中央銀行は債務超過に陥っても破綻はしないが政治リスクを強く警戒
仮に中央銀行が赤字あるいは債務超過に陥っても、自らマネーを生み出し、債務返済を無制限にできる中央銀行は基本的には破綻しない。しかし、赤字あるいは債務超過に陥れば、中央銀行の債務、つまり通貨の信頼性に悪影響が及び、物価高、通貨安などの弊害が生じる可能性がある。
さらに、中央銀行はそのネットの利子収入(利子収入―利子支払い:シニョレッジ)のほとんどを、政府に納付している。中央銀行が赤字あるいは債務超過に陥れば、この納付金が減る、あるいはまったく払えなくなり、その分政府の歳入に穴が開くことになる。それは間接的な国民負担となることから、中央銀行がその失策を政府、議会、国民から厳しく問われることになりかねない。
日本銀行の場合には、日本銀行法を改正して、独立性を制限する動きへとつながる可能性がある。こうした政治的リスクを踏まえると、中央銀行は、利上げ局面で赤字あるいは債務超過になることを、できるだけ避けようとするだろう。
FRBは来年に赤字へ
FRBは2021年に、約1,070億ドルを国庫に納付した。9月に政策金利を3.00~3.25%にまで引き上げたことで、いよいよFRBが保有債券から受け取る利子収入は、中銀当座預金とリバースレポという負債の利子支払いを下回り始めたのである。
さらに利上げが行われた場合、FRBのネットの利子収入(シニョレッジ)は2023年に600億ドル程度の赤字になる、との試算もある。
FRBが損失を出した場合、バランスシート上に「繰り延べ資産」と呼ばれる借用項目が作成される。FRBが将来再び利益を計上すれば、まずはこの借金の返済を優先し、それが完済した後に通常の国庫納付を行う、という段取りとなる。
日本銀行が短期金利を+0.43%まで引き上げれば赤字、+2.6%で債務超過
日本銀行の場合には、将来の金融政策正常化の過程で赤字あるいは債務超過に陥る場合、FRB以上に政治的リスクが大きいだろう。FRBの場合には、歴史的物価高への異例な対応の結果として、国民は一定程度容認する傾向があるとみられるのに対して、日本銀行の場合にはそうではないからだ。
日本銀行が債務超過に陥り国庫納付金が停止すれば、財務省が日本銀行に公的資金を注入して債務超過の状況を解消する可能性がある。それは直接国民の税金を使うことになるため、国会では、日本銀行の失策を問う声が強まり、それが日本銀行の独立性を制限する形での日本銀行法改正の議論につながる可能性がある。こうした点から、FRB以上に日本銀行は、利上げ局面での債務超過をなんとか回避したいとの意向が強いだろう。
今後、多くの中央銀行で、損失リスクの議論が浮上することが予想される。その行方次第では、金融政策にも相応の影響を与えることになるだろう。他方で日本では、損失リスクがあるゆえに、日本銀行がマイナス金利解除などの正常化策に踏み切れないのではないか、という議論も聞かれる。
日本銀行で逆ザヤが生じるのは、短期金利が+0.18%まで引き上げられた場合、経常赤字が生じるのは、短期金利が+0.43%まで引き上げられた場合、債務超過に陥るのは短期金利が+2.6%まで引き上げられた場合とそれぞれ試算される(コラム「 将来の利上げで日銀は経常赤字・債務超過に陥るか? 」、2022年8月23日)。
日本の正常化では日銀の財務リスクは大きく高まらない
米国での現在の政策金利の水準まで日本銀行が短期金利を引き上げれば、日本銀行は債務超過に陥り、政治的リスクが高まることになる。
しかし、米国での金融政策の正常化と日本での金融政策の正常化とは、全く異なるものであることを理解しておく必要がある。日本の低金利水準は、日本銀行の政策よりも、経済の潜在力の低さに根差した側面が強いためだ。そのため、日本銀行の正常化によって生じる金利の上昇幅はわずかである。
日本銀行が来年以降マイナス金利の解消を中心に正常化策を模索するとしても、現在-0.1%の政策金利は0.0%あるいは+0.1%までの引き上げにとどまるだろう。その場合、上記の試算に従えば、逆ザヤさえ生じない計算となるのである。
この点から、日本銀行の財務リスクの問題が将来の正常化の妨げとなることはなく、日本銀行は強い意志さえあれば、正常化を実施することができるのである。
(参考資料)
"Higher Interest Rates Fuel Losses at the Federal Reserve(金利上昇でFRBの損失拡大)", Wall Street Journal, November 1, 2022
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。