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資金繰りが悪化する暗号資産業界

今年5月のステーブルコイン「USテラ」暴落の後には、暗号資産(仮想通貨)レンディング(貸し付け)業者のセルシウス・ネットワークや暗号資産ブローカー、ボイジャー・デジタルなどの連鎖破綻が生じた。FTXの破綻も同様に、連鎖破綻を生む可能性がある。

暗号資産取引を手掛けるジェネシスは、融資部門向けの新規の資金調達が困難になっている。資金調達に失敗すれば、FTXと同様に破産法の適用申請が必要となる可能性があると投資家に説明している、と報じられている。

ジェネシスは、そのデリバティブ(金融派生商品)部門がFTXの取引口座にある約1億7,500万ドルが凍結されていることを明らかにしている。FTXと取引のある暗号資産関連会社は、FTX向け債権が回収できなくなっていることと、連鎖破綻の拡大を警戒する顧客からの資金引き出し圧力の双方を受けて、資金繰りがにわかに悪化しているのである。

暗号資産市場の流動性が低下

このようにFTXの破綻を受けて、暗号資産業界は資金繰りが悪化する流動性危機に直面している。他方で、暗号資産取引市場の流動性も一気に低下しているのである。

FTXの破綻を受けて、暗号資産市場に流動性を提供するマーケットメーカーは、にわかに業務を慎重化している。危機が生じると、マーケットメーカーはリスクを減らすために売買注文を取り消す傾向がある。そうなれば、一般投資家が暗号資産の売買を成立させることが難しくなる。これが市場の流動性が低下した状態であり、さらにそれはボラティリティを高めることにもなる。

ブロックチェーン・データ会社カイコが、ドルやステーブルコインのテザーとビットコインとの取引で仲値から上下2%の範囲内にある売り買い注文の量を用いて計算した市場流動性指標によると、その数値は6月初旬以来の低水準にあるという。

暗号資産市場でのマーケットメーカーの機能を再度検証する必要

ところで、FTXの関連会社のアラメダ・リサーチは、FTXの取引プラットフォームでマーケットメーカーの役割を担っていたとみられる。

FTXが発行したトークンFTTについて、同業のバイナンスが自社の保有分すべての売却を表明したことが、FTXの破綻を引き起こしたとされる。しかし、それを受けてアラメダ・リサーチのキャロライン・エリソンCEOが、市場価格を下回る水準でバイナンスからFTTをすべて買い取る申し出を行ったことが、FTTの価格の急落とFTXの破綻の直接的な引き金となったようだ。

アラメダ・リサーチはバイナンスが市場でFTTを大量に売却することでその価格が急落することを回避するために、市場実勢よりもかなり安い価格で直接バイナンスからFTTを買い入れることをツイッターを通じて呼び掛けたのである。しかしそれが裏目に出て、FTTの信頼性が一気に低下し価格の暴落を招いてしまった。

このようにFTX破綻の前後の経緯を検証すると、混乱の再発防止のためには、マーケットメーカーが暗号資産の取引の流動性を高める役割を改めてしっかりと検証する必要がありそうだ。マーケットメーカーがその役割を十分に果たし、ショック時にも流動性が維持されるような仕組みを考えていくことが暗号資産市場の信頼回復に必要となるだろう。

(参考資料)
"Alameda CEO's Tweet Pushed FTX Over the Edge, Trade Data Show(FTX崩壊の決定的瞬間、アラメダCEOツイートが招く-データ分析)", Bloomberg, November 21, 2022
"Alameda Gap' Seen Helping Dry Up Liquidity Across Crypto Market(「アラメダ・ギャップ」で仮想通貨市場の流動性が低下、FTX破綻後)", Bloomberg, November 21, 2022
"Crypto Firm Genesis Said to Warn of Bankruptcy Without Funds(暗号資産企業ジェネシス、資金調達失敗なら破産申請と警告-関係者)", Bloomberg, November 21, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。