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「ゼロコロナ政策」への抗議活動が広がる

中国では「ゼロコロナ政策」を巡る混乱が一段と広がってきた。それは中国および世界の金融市場、そして国際原油市況などに、にわかに大きな影響を与え始めている。

中国では、新型コロナウイルスを強く抑制する「ゼロコロナ政策」が続けられている。それは今までも中国国民の生活に大きな制約を与えてきたが、いよいよ中国各地で抗議活動が広がり始めた。そのきっかけの一つとなったのは、新彊ウイグル自治区の区都ウルムチで11月24日に起こった高層アパートの火災事故だ。10人が死亡したが、「ゼロコロナ政策」による交通規制によって消火活動が制限されたことが被害を拡大させたとして、25日には激しい抗議行動が起こった。それが、上海、北京などにも一気に広がり、抗議行動の模様はSNSで拡散している。今後は政権批判へとつながっていくことも考えられるのではないか。

中国共産党の機関紙である人民日報は28日に、最新の対コロナ政策をより効果的に実施するよう、地方当局に強く求めた。政府は、「ゼロコロナ政策」を大きく見直す考えはないようだ。

また、SNSの投稿によると、抗議活動中の複数の市民が警察に拘束されたという。今後、抗議活動が続く中、当局がその抑制のためにより強硬な措置、いわゆる弾圧のようなものに動く可能性も指摘されている。その場合、「ゼロコロナ政策」は中国の人権問題とより深く結びつくことになり、海外からの批判が高まる可能性があるだろう。

中国は世界のインフレ傾向を変えていくか

さらに、「ゼロコロナ政策」を巡る中国の混乱は、中国国内の社会、政治の問題、国際的な人権の問題だけではなく、深刻な経済の問題も生じさせている。足元で感染者数が大幅に拡大し、ロックダウン(都市封鎖)が広がる、それに広範囲な抗議活動が加わることで、中国の経済悪化が進んでいる。10-12月期の実質GDPは前期比でマイナスとなる可能性が高く、深刻な不動産不況にも陥っている中国経済は、ほぼ失速状態にある。

このことは、まず中国の金融市場に大きな影響を与え始めており、11月28日には、香港及び中国本土市場で株価が大きく下落した。さらに、人民元の対ドルでの下落も進んでいる。海外からの投資資金が、政治、社会、経済面からの「チャイナリスク」を改めて意識し、流出している可能性が考えられる。通貨安傾向は、韓国ウォン、豪ドル、ニュージーランド・ドルなど中国経済と関係が深い国にも及んでいる。

さらに、国際商品市況では、WTI原油先物価格が1バレル75ドル程度と、ロシアのウクライナ侵攻前の年初の水準にまで下落している。これは、中国経済の悪化による需要後退を予見した動きだろう。このように、「ゼロコロナ政策」を巡る中国の混乱は、世界の商品市況にも大きく影響し始めているのである。

国家統計局が11月9日発表した10月分生産者物価指数(PPI)は、前年同月比-1.3%と、2020年12月以来の低下となった(コラム「 終わらない中国ゼロコロナ政策と世界の物価高騰の帰趨 」、2022年11月10日)。景気悪化を背景に、物価高騰に苦しむ海外諸国とは逆に、中国にはデフレ傾向とも言えるものが見られるようになっている。世界第2の経済規模を持つ中国経済の悪化は、貿易の縮小、国際商品市況の下落、人民元安などを通じて、世界のインフレ傾向を次第に鎮静化させ、将来的にはデフレ的傾向にまで変えていく可能性があるのではないか。

中国の「ゼロコロナ政策」による混乱は、世界の経済、物価、金融市場の環境を大きく変えていく潜在力を持つ重要イベントである。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。