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議長講演に金融市場は思いのほか大きく反応

米連邦準備制度理事会(FRB)パウエル議長は11月30日に、ブルッキングス研究所で講演を行った。先行きの金融政策に関する議長の発言については大きなサプライズはなかったが、金融市場に与えた影響は思いのほか大きかった。金融市場は、「政策金利引き上げのペースを落とす時期は、早ければ12月の会合になる可能性がある」という議長の発言を予想以上にハト派的と受け止めたのである。

これを受けて金融政策の見通しを反映する傾向が強い2年国債利回りは15bp(ベーシスポイント)程度、10年国債利回りも同じく15bp程度それぞれ低下した。また利回り低下はドル安傾向を生み、ドル円レートは139円台から現時点では136円台へと3か月ぶりの円高水準にまで振れている。

パウエル議長の発言内容よりも、金融市場の反応の大きさがよりサプライズであった。足元では、消費者物価統計など、FRBの金融政策に関わる材料に対して金融市場が過度にセンシティブになっている印象がある。

ターミナルレートは5%程度が想定される

今回の議長の発言を受けて、12月13・14日に開かれる次回米連邦公開市場委員会(FOMC)では、0.5%の利上げが決定される可能性がかなり高まった。FRBは11月まで4回連続で0.75%幅の利上げを実施しており、今回の利上げ局面では初めての利上げ幅縮小となる。

また議長は、利上げの最終地点、いわゆるターミナルレートについて、FOMC参加者の9月時点の予測値を「幾分上回る」との見通しを示している。その際の予測中央値が4.6%であったことから、ターミナルレートとしては5%程度が想定されているのだろう。

ターミナルレートが5%程度であるとの見方がこの先も大きく変わらない限り、現在3.6%台の10年国債利回りが再び4%台に乗せる可能性は低い。その場合、米国長期金利との連動が強いドル円レートは、10月21日の151円台がピークとなった可能性が高い。

先行きの金融政策はなお不確実

FRBは11月のFOMCで、金融政策の効果が表面化する時間差に配慮して、利上げペースを縮小させる考えを既に明らかにしていた。利上げが行き過ぎて景気を過度に悪化させるオーバーキルのリスクに配慮し始めたのである。この時から、金融市場は12月のFOMCで利上げ幅が0.5%に縮小することをメインシナリオとしてきた。パウエル議長の発言を受けて、その確度が一段と高まったに過ぎない。

他方で議長は、利上げがなお継続することを強調している。「歴史は時期尚早の金融緩和に対して強く警告」、「物価安定回復までまだ長い道のり」、「インフレの道筋は極めて不透明」など、物価高への警戒や先行きの見通しの不確実性も強調しており、全体としては金融市場が早期の利上げ打ち止めへの楽観的な観測を強めることがないように、バランスをとった発言となっている。

実際のところ、現時点では景気が一気に失速することを示す弱い経済指標や、物価上昇率が2%のFRBの目標に向けて着実に低下し始めたことを示す物価指標が見られている訳ではない。FRB議長が何を語ろうと、先行きの金融政策は、今後発表される経済指標、特に消費者物価統計と雇用統計の2つの月次指標に大きく左右されるのである。それらを正確に予想できない以上、先行きの金融政策についてもなお不確実性が大きい状況だ。

実質金利上昇で高まるオーバーキルのリスク

ただし、足元としてこの先の金融引き締め策は、米国経済にかなりの打撃を与えるのではないかと考えられる。注目したいのは景気に大きな影響を与える実質金利の水準である。10年物価連動債から計算される中長期の予想物価上昇率は現在+2.3%台である。これは、前回の2018年の利上げ局面と比べても大きな違いがない。他方で(名目)政策金利は、前回の利上げ時のターミナルレートが2.25~2.5%であったのに対して、今回は、12月のFOMCで0.5%の利上げが実施されれば、4.25%~4.5%と既に前回のターミナルレートを2%も上回るのである。このことは、実質金利(名目金利―予想物価上昇率)の水準も、前回の利上げ局面のピークを2%近くと大幅に上回っていることを意味する。

金融政策の効果は、実質政策金利と景気に対して中立的な実質金利の水準、いわゆる自然利子率が、経済構造の変化を受けてこの4年間のうちに大きく上昇したのではない限り、経済の金融政策は、前回の利上げ局面と比べて格段に景気抑制的であるはずだ。

来年年末には1ドル120円程度まで円高ドル安が進む可能性

実質金利の高さが、足元までは歴史的なドル高を演出してきた面があったと考えるが、この先は、景気に対する強い抑制効果を発揮し、逆に急速なドル安を引き起こす可能性が出てくるだろう。来年年末時点では1ドル120円程度まで、円高ドル安が進む可能性を見ておきたい。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。