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先進国のロシア産原油の上限価格設定後に世界の原油価格は下落

G7(主要7か国)は12月2日に、ロシア産原油輸出価格に60ドルの上限を設定する対ロ制裁措置を決定し、12月5日に実施した。欧州連合(EU)もこの決定に足並みを揃え、さらに同日に海路を通じたロシア産原油の輸入禁止措置を発効させた。

この決定を原油市場は冷静に受け止め、懸念された原油価格上昇は起こっていない。むしろ、この決定以降、原油価格はかなり下落しており、WTI原油先物価格は足元で1バレル70ドル程度と、今年年初の水準に戻っている。

上限価格がロシア産原油の市場価格に近い水準に設定されたことで、ロシアが報復措置を取り、ロシア産原油の生産、輸出を停止する、あるいは大幅に削減する可能性が低下した、と市場で受け止められたためだ。

市場では、ロシアが制裁発動の直後から報復に出ると見込んだ取引が膨らんでいたが、ロシアが行動に出なかったことで、投資家が手じまいを余儀なくされ、価格を下押しした面があるようだ。

戦費の調達にも使われるロシア産原油の輸出価格を抑えるほど、ロシアの財政、経済には打撃となり、戦争の継続にも逆風となる。しかし、ロシアの原油生産のコストを賄えないほど低い、採算割れの水準に輸出価格を設定すれば、ロシアが原油の生産、輸出を停止し、世界の原油価格を上昇させるだろう。また、低い上限価格設定にロシアが怒ってロシア産原油の生産、輸出を停止する、あるいは大幅に削減する報復措置を講じても、同様である。世界の原油価格上昇は、先進国経済に打撃となってしまう。ロシアに対する制裁措置のブーメラン効果である。先進国側が60ドルという、当初の予定よりもやや高めの水準に上限価格を設定したことで、そのようなことが起こる可能性は低くなったと考えられる(コラム「 ロシア産原油輸出の上限価格設定は穏当な着地:先行きは需要鈍化で原油価格の下落リスクが高まるか 」、2012年12月5日)。

ロシア側の反応が当面の注目点

ただし、上限価格設定に対してロシア側はまだ正式な反応を示していないため、不確実性はなお残されている。ロシアのプーチン大統領は9日、減産を検討する可能性があるとし、政府として近く報復措置を公表する考えを示している。

今回の措置は、先進国以外の特にアジア、中東諸国に対するロシアの原油輸出価格を抑え、ロシアの原油輸出収入を減らして、戦費調達に打撃を与える狙いがある。ロシアの海上輸送による原油輸出については、船舶保険の大半を担っているのは欧米の金融機関であるため、上限価格を超えてロシアが原油を輸出する場合には、それら金融機関が保険を提供しないことで、アジア、中東諸国に対して、上限価格以下での輸入を強いる仕組みとした。

しかし、対ロ制裁に加わってこなかったそうした国が、先進国が決めた対ロ制裁措置をどの程度遵守するかは明らかではない。

上限価格設定が世界の原油の流れに与える影響はなお不確実

トルコは、「制裁違反であっても保険は有効」と記した証書がない限り、タンカー船が黒海から地中海に抜けることは認めない、と主張している。他方、そのような証書は発行しないとする西側諸国の海上保険会社グループと対立している。その結果、トルコ沖でタンカー船が滞留しており、世界の原油供給に支障が生じている。

西側のタンカーの船主の間では、この上限価格に従ってロシア産原油の取引を続けるよりも、それを止めてしまう決定をする傾向もあるという。ロシア産原油の取り扱いを停止しても、米国や中東から欧州に原油を輸送する機会が豊富にあることから、十分に採算が合うようだ。こうなれば、ロシアの原油輸出はさらに減少してしまう。

そして、今後波乱要因となりそうなのが、西側の企業や銀行、保険会社と取引しない「影のタンカー船団」と呼ばれるものの動向だ。彼らははこれまでにも、イランやベネズエラなど制裁対象国の原油を取り扱っており、足元ではロシアへの肩入れを強めている。彼らが暗躍すれば、上限価格は守られず、ロシアの原油輸出は増加することも考えられるだろう。

世界経済の減速で原油価格は下落基調か

このように、上限価格設定がロシア産原油輸出の流れや世界の原油市況に与える影響には不確実性がある。しかし、そうした供給側の要因以上に、来年にかけては需要側の要因が世界の原油取引や原油価格に大きな影響を与えるだろう。中国を中心に原油市場が世界経済の減速観測を強めていく中、この先原油価格は下落方向を辿るとみられ、来年にはWTI原油先物価格で、1バレル50ドル程度の水準が視野に入ってくるのではないか。

このことは、ロシア経済そして戦争継続能力に強い逆風となる一方、世界のインフレ懸念を鎮静化させる大きなきっかけとなることが見込まれる(コラム「 ロシア産原油輸出の上限価格設定は穏当な着地:先行きは需要鈍化で原油価格の下落リスクが高まるか 」、2012年12月5日)。

(参考資料)
"Oil Market Takes Russian Price Cap in Stride(ロシア原油の価格上限、影響はこれからか)", Wall Street Journal, December 10, 2022

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。