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世界経済と為替の前提が楽観的過ぎか

内閣府は12月22日に、2023年度の政府経済見通しを公表した。2023年度の実質GDP成長率見通しは+1.5%(2022年度+1.7%)と、7月の年央試算の+1.1%から上方修正された。名目GDP成長率は+2.1%(2022年度+1.8%)となり、実質、名目ともにGDPの金額が過去最高となる。これは、新型コロナウイルス後初めてである。

しかし、2023年度の成長率見通しは、楽観的過ぎる印象だ。2023年度は、感染リスクの低下、物価上昇率の低下、賃金上昇率の高まりなどが、個人消費を支えるという好材料が期待される。他方で、大幅な金融引き締めなどの影響から、海外景気は厳しさを増す可能性が高く、外需の悪化が日本の成長率を顕著に押し下げるだろう。

見通しの前提となる世界GDP(日本を除く)の実質成長率見通しは、2022年度が+2.1%に対して、2023年度が+2.3%と高まる。しかし、年度と暦年の違いはあるが、10月に国際通貨基金(IMF)が発表した世界経済見通しでは、2023年の成長率は2022年から0.5%ポイント低下する見通しとなっている。2023年度の世界経済見通しの政府の前提は、楽観的過ぎるのではないか。

さらに、2023年度のドル円レートの想定が142.1円/ドル(2022年度は138.5円/ドル)となっているのにも違和感がある。足元のドル円レートは130円程度であり、筆者は来年年末には120円程度まで円高が進むと見込んでいる。2023年度の平均のドル円レートは、政府見通しの142.1円よりも20円程度は円高水準が妥当なのではないか。内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年度版)によると、ドル円レートの想定が20円円高になれば、年度の実質GDP成長率は0.44%も下振れる計算となる。

このように、海外の成長率見通しとドル円レートの前提がかなり楽観的であることが、2023年度の国内の成長率見通しを楽観的なものにしている。この2つの前提を修正すれば、2023年度の実質GDP成長率見通しは+1%未満が妥当だろう。

民間の経済見通しのコンセンサスをESPフォーキャストで見ると、12月時点での実質GDP成長率見通しの平均値は+1.1%と、やはり政府の見通しよりも低くなっている。

2025年度プライマリーバランス黒字化の財政健全化目標は形骸化へ

この政府の楽観的な成長率見通しを前提にすれば、2023年度の税収見通しも楽観的なものとなる。政府は、23日に閣議決定する2023年度当初予算案で、新規国債発行額を35兆円台後半とする方向である。2022年度当初予算の36.9兆円から減額させ、財政規律に配慮する姿勢をアピールすることになる(コラム「 防衛費など歳出積み増し案件が集中する中、景気減速で中長期財政見通しが一気に悪化する恐れも(2023年度当初予算案) 」、2022年12月22日)。

しかし、2023年度の成長率が想定よりも下振れ、税収も下振れれば、新規国債発行額は、実際にはこれ以上に増加する可能性が大きい。さらに、海外景気の悪化で経済情勢が厳しくなれば、政府は補正予算で大型経済対策を実施し、それを国債発行で賄う可能性が高いだろう。その場合、新規国債発行額はさらに膨れ上がり、2025年度にプライマリーバランスを黒字化するとの政府の財政健全化目標は、完全に形骸化してしまう。

ところで、今回の政府経済見通しで、2023年度の消費者物価上昇率は前年度比+1.7%と、2022年度の+3.0%から大きく低下する。これは、ESPフォーキャストの12月時点での見通し、あるいは筆者の見通しとも概ね一致するものであり、妥当だろう。2%を超える消費者物価上昇率は1年で終わり、日本銀行が目指す2%の物価上昇率の安定的な達成は、依然展望できないことが明らかとなる。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。