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金融市場は賃金上昇率の鈍化に注目

12月分米国雇用統計は、雇用増加ペースや賃金上昇圧力が緩やかに鈍化傾向を辿っているという、従来からの流れを再確認させるものとなった。雇用者増加数は22.3万人増と事前予想を幾分上回ったが、賃金上昇率は前月比+0.3%と事前予想を下回っている。金融市場は賃金上昇率の鈍化により注目し、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースのさらなる縮小への期待が幾分高まった。

雇用統計に示唆される米国経済は、緩やかに減速しつつもなお失速を免れている。ただし、コロナショックの影響によって引き続きかく乱されていると見られる雇用統計以外の経済指標は、総じてより明確な減速傾向を示唆するものとなっている。

ISM指数は製造業、非製造業ともに50を下回る

12月分ISM非製造業は49.6と事前予想を下回り、判断の分かれ目である50を下回った。前月からの低下幅は約7ポイントと、2020年4月以来の大きさに達した。ISM製造業指数も12月には2か月連続で50を下回っている。

製造業、非製造業と共に50を下回ったことは、米国経済が景気後退局面の入り口に差し掛かっていることの兆候、と捉えることもできるだろう。11月の製造業新規受注も、前月比-1.8%と事前予想の‐0.8%程度を下回る減少となった。

当局はオーバーキルのリスクに配慮

アトランタ連銀のボスティック総裁は、今回の雇用統計を受けて、米経済の減速を示す新たな兆候であり、このままいけば、次回の米連邦公開市場委員会(FOMC)では利上げ幅を0.25%に引き下げることができる、と発言した。他方、リッチモンド連銀のバーキン総裁は、利上げ幅縮小の動きは、経済へのダメージを抑えるのに役立つ、と発言している。

こうした発言は、FOMCの参加者が、物価高騰に対する警戒を依然として緩めていない中でも、利上げが景気を過度に悪化させてしまうオーバーキルのリスクには配慮していることを示していよう。こうした点から、FRBの利上げ局面の終わりが近づいてきている可能性は高まっていると考えられよう。利上げ幅が0.25%まで縮小すれば、それはもはや大幅な利上げとは言えず、政策姿勢の顕著な変化であるとともに、利上げの打ち止めが近いことを示唆するものと言えるだろう。

2月のFOMCでは0.25%の利上げ見通しが優勢に

ロイターによると、雇用統計を受けてFF金先市場が織り込む2月のFOMCでの利上げ幅の確率は、0.25%が73%、0.5%が27%となった。雇用統計発表前には0.25%と0.5%の確率が概ね拮抗していたが、発表後には0.25%の利上げの確率が優勢となってきた。FRBの利上げの打ち止めの水準、いわゆるターミナルレートは5%程度で概ね見方が固まりつつあると言えるだろう。

今後の焦点は、FOMCの見通しで示されたように、利上げ打ち止め後も高い金利水準が来年まで維持されるのか、それとも市場が織り込んでいるように、今年後半には利下げが始まるのか、である。

年内利下げの有無が金融市場の一大イベントに

FRBは、金融市場での早すぎる利下げ観測の高まりは、長期金利の低下や株価上昇を通じて、金融引き締め効果を削いでしまうことを警戒している。そのため、年内の利下げ観測を強く打ち消す情報発信を意図的に行っているものと考えられる。

しかし、この先、米国経済の減速を強く示す指標が出てくれば、FRBもオーバーキルのリスクをより強く意識し始め、年内の利下げも視野に入るようになるだろう。その時点で米国の長期金利はさらに低下し、ドル安も進むことになる。これは、世界の金融市場での次の大きなイベントとなる。そしてその場合には、日本銀行の年内の追加の政策修正にも制約がかかってくるはずだ。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。