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政府の2025年度のPB黒字化目標堅持は形式的

鈴木財務相は1月23日の財政演説で、2025年度の基礎的財政収支(プライマリー・バランス:PB)黒字化目標の達成に向けて、歳出・歳入両面の改革を着実に推進する、と表明した。政府は、形式的には2025年度のPB黒字化目標を堅持しているのである。ただしそれは、2025年度のPB黒字化目標が達成可能と考えているからではなく、仮にそれを修正すれば、政府が中長期の財政健全化の姿勢を見直したと受け止められ、財政規律の歯止めが失われ、財政拡張的な意見が与党内で一気に高まり歯止めが利かなくなってしまうことを懸念しているためであるように思われる。

およそ実現可能とは思われない、2025年度のPB黒字化目標を形式的に堅持するだけで、財政健全化の道筋が維持される訳では当然ない。より現実的な目標に修正した上で、それを達成するためにより具体的な歳出・歳入両面の改革を明示すべきではないか。

内閣府の試算は2025年度のPB黒字化目標が達成可能と示唆

内閣府は、24日に開かれた経済財政諮問会議に、「中長期の経済財政に関する試算」を提出した。そこでは、従来から、中長期的に実質・名目成長率ともにゼロ%台半ば程度での推移を前提とする「ベースラインケース」と、政策効果が発揮されることで、成長率が実質2%程度、名目3%程度を上回る「成長実現ケース」で、2つ試算結果が示される。

成長実現ケースでは、2026年度にPBが黒字化するとの試算結果となった。2026年度の黒字化は昨年7月の試算でも示しており、見通しが維持されたのである。さらに、成長実現ケースで1年あたり1.3兆円程度の歳出改革を継続していけば、PB黒字化は2025年度へ1年程度の前倒しが視野に入る、としている。つまり、2025年度のPB黒字化目標は依然達成可能であることが示唆されている。

PB黒字化目標の修正は不可避に

しかし、足元から実質2%程度の成長ペースが始まるとの想定は、あまりにも現実味を欠く。「岸田首相が掲げる『新しい資本主義』の下、人への投資が促進される中で生産性と潜在成長率が上昇し、所得の増加が消費に結びつくことを前提としている」と説明されているが、それらの施策は未だ具体化されていない。また、それが具体化されるとしても、成長率の押し上げ効果を発揮するまでに一定の時間がかかるはずだ。

2025年度のPB黒字化目標は、かつては中期目標であったが、もはや2025年度は目前に迫ってきている。2025年度のPB黒字化目標を修正し、黒字化の時期を先送りするのが妥当なのではないか。

PB黒字化目標の修正と歳出・歳入改革の具体策提示を同時に

しかし一方で、目標の先送りをすることが財政規律を一段と緩めてしまうことがないように、歳出・歳入改革の具体策を決めたうえで目標修正を行うことが求められる。目標自体がより現実的なものになると同時に、財政健全化がポーズだけになっている現状を変え、財政健全化の実効性を高めることができるだろう。

防衛費増額、子ども関連予算拡大を議論する中で、追加で歳出・歳入両面の改革の具体策を決めることにはかなりの困難が伴うことは確かである。金利上昇も財政健全化には逆風となるだろう。

しかし、数字遊びのようなPB黒字化試算を示すことで財政健全化のポーズだけを維持することは終わりにしなければならない。歯止めのかからない政府債務の累積には、将来の需要を奪い、経済の潜在力を一段と低下させかねない大きなリスクが伴うことを理解する必要がある。

(参考資料)
「財政健全化目標「容易ではない」、民需拡大など提言=諮問会議で民間議員」、2023年1月24日、ロイター
「PB黒字化26年度見通し維持、防衛費増で歳出圧力高まる中でも-内閣府試算」、2023年1月24日、ブルームバーグ
「5年度の基礎的財政収支見通し、赤字幅1兆円悪化 防衛費など増加」、2023年1月24日、朝日新聞デジタル

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。