&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

総裁交代後に政策は慎重に修正されていく可能性が高い

「政府が日本銀行の雨宮副総裁に次期総裁を打診する」との報道については、鈴木財務大臣が「何も聞いていない。私も全く知らない」と記者に答えるなど、なお不確実性が残されている(コラム「 日銀次期総裁人事で政府が雨宮副総裁に打診との報道 」、2023年2月6日)。

報道を受けた金融市場の反応は比較的良好である。現職の副総裁が次期総裁になれば、政策の連続性が一定程度維持され、また先行きの政策の不確実性が低い点が評価されているのである。

ただし、現在の異例の金融緩和姿勢がそのまま維持されるとの見方は、極めて少数派だろう。雨宮次期総裁のもとでは、緩やかに慎重に、政策の柔軟化と正常化が進められるとの見方が大勢である。実際その可能性は高いだろう。

同コラムで既に指摘したように、政策変更を織り込んで金融市場が大きく動くことを避けるために、少なくとも当初は、総裁が変わっても政策が一気に変わる訳ではない点を次期総裁は強調するだろう。しかし、黒田総裁のもとで、事務方主導で政策の柔軟化策、副作用対策など「事実上の正常化」とも呼べる政策が進められてきたことを踏まえると、総裁交代後、政策は修正されていく可能性が高い(コラム「 日銀次期総裁人事で政府が雨宮副総裁に打診との報道 」、2023年2月6日)。

事務方主導の政策はコミュニケーション上の問題を生んだ

次期総裁は、少なくとも当初は、金融市場に配慮して「前総裁の下での金融緩和策は当面大きく修正されない」という点を強調した情報発信を行う可能性が考えられる。これは、金融市場の安定、ひいては金融システムの安定に貢献するとみられる。他方、そのもとで政策の柔軟化、正常化が進められれば、金融市場、国民にとっては政策意図が分かりにくい、という問題を生むだろう。

政策意図の分かりにくさは、黒田総裁のもと10年間続いてきた大きな問題である。金融緩和に前向きな総裁のもと、事務方主導で政策の柔軟化策、副作用対策など「事実上の正常化」が進められてきたため、緩和を修正するいわば「後退」の施策でも「前進」とする説明が続いてきたのである。昨年12月に実施されたイールドカーブ・コントロール(YCC)の利回り変動幅拡大策についても同様なのではないか。

コミュニケーションの正常化で信頼性回復も次期総裁の課題に

こうした情報発信、コミュニケーションは、日本銀行の政策、あるいは説明は分かりにくいとの認識を国民の間に広め、それが日本銀行に対する国民の信頼性低下につながってきた面があるだろう。

金融市場や金融機関の安定に配慮して慎重に政策変更を行う、という日本銀行の伝統的な政策姿勢が10年ぶりに名実ともに戻ってくると予想される。そうした中で、少なくとも新総裁就任後の当初は、政策意図と説明とのねじれ関係が維持される可能性がある。それは新体制に対する国民の信頼性を損ね、また不確実性から、金融市場でのボラティリティを高める可能性があるだろう。

新総裁に求められるのは、過度に硬直化してしまった金融政策の柔軟化を行い、異例の金融緩和の正常化を進めることだ。それと並んで、政策意図をストレートに外部に伝えることで、政策への信頼を回復する、というコミュニケーションの正常化も大きな課題となる。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。