政府は共同声明の見直しに前向き
政府は4月に就任する日本銀行の新総裁と、2013年1月の政府と日本銀行の共同声明、いわゆるアコードの修正を協議する可能性を示唆している。
10年にわたる異例の金融緩和の効果は明確でない一方、副作用は大きく積み上がっているように見える(コラム「 日銀新体制の課題②:財政規律低下への対応 」、2023年2月10日)。
それでも金融緩和が正式には修正されずに10年もの長きにわたって続いてきたのは、黒田総裁の強い意志に加えて、この共同声明の影響もあったのではないか。この声明は日本銀行に対して、2%の物価目標をできるだけ早期に達成するために積極的な緩和を行う責務を課したもの、と一般的には解釈される。それが、金融政策の柔軟性を奪ってしまった面があるのではないか。
そのもとで柔軟性を欠いた硬直的な金融政策運営の問題点が、昨年は円安の加速、国債市場の混乱として一気に表面化した。そのため、日本銀行の金融政策に対する国民に批判も高まったのである。
岸田政権としては、日本銀行の政策姿勢が硬直化するきっかけともなったこの共同声明を見直すことで、日本銀行がより柔軟な金融政策を行うことができるよう道を開くことを意図しているのではないか。それを政府が主導する形で行いたいのだろう。
日本銀行は共同声明の本来の解釈に立ち戻ると説明するだけで正常化策を実施できる
共同声明は、当時の政権が、2%の物価目標をようやく受け入れた日本銀行が、さらに積極的な緩和を進めるように、いわば逃げられないようにタガをはめる狙いで出したものと言えるだろう。
他方で日本銀行は、声明文の作成の過程で、「2%の物価目標は日本銀行が金融政策だけで達成を求められるものではない」との主張を文言に込めた。これは、2%の物価目標が事実上、中長期の目標であることを示唆している。しかし、その点は一般には十分に認識されなかったのである。そして、2013年4月に黒田総裁の下で2%の物価目標の達成を「2年程度を念頭に」実現するとしたことから、金融政策で短期間に達成する責務を日本銀行が負ったもの、との共同声明の解釈が固まってしまった感がある(コラム「 日銀金融政策の展望③:政府日銀共同声明の改定・物価目標の見直しはあるか 」、2023年12月19日)。
ただし、日本銀行の立場からすれば、共同声明の本来の解釈に立ち戻ると説明するだけで、共同声明を修正することなく、2%の物価目標の強い制約から解放され、柔軟な金融政策運営、金融政策の正常化を実施できるのである。
仮に政府と協議して共同声明を修正すれば、日本銀行が政策修正を行う際には、事前に政府の承認が必要、との悪しき前例を踏襲することになってしまい、日本銀行の独立性の観点から大いに問題だ。この点から、共同声明の修正は行うべきでないと考える。
2013年の共同声明は意思疎通の範疇を逸脱し適切でなかった
2013年1月の政府と日本銀行の共同声明は、政府が日本銀行に押し付けた政治介入色が強いものであり、適切ではなかったと考えられる。
日本銀行法第四条には、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」とされている。この意思疎通を体現しているのは、政府の代表者が金融政策決定会合に参加していることや、日本銀行の総裁が経済財政諮問会議に参加していることだろう。
このように、日本銀行が政策を巡って政府と議論をすることは法的に求められていることだ。しかし、共同声明はその範疇を超えており、独立性の観点から問題だったと思われる。日本銀行は、政府の意見を聞き、議論したうえで、独自の判断で金融政策を決定すべきである。この点から、2013年の共同声明は不適切だった。そのため、それを修正することも適切ではないだろう。
政府と日本銀行が自由闊達に議論を
そして、新体制になれば、日本銀行も政府の経済・財政政策について積極的に意見を伝えるべきだ。従来は、日本銀行は政府の政策に口を出すことに慎重だった。それは、日本銀行の政策に対する政府からの強い批判となって跳ね返ってくるからだろう。しかし今後は、そうした姿勢も改めるべきだ。
国の重要な政策を担う2つの機関である政府と日本銀行が自由闊達に議論を重ねたうえで、最終的な政策はそれぞれの機関の判断に委ねられるのが適切な姿だ。日本銀行は税・財政政策を担っている訳ではないが、政府よりも中長期の視点から経済及び国民生活の安定を考えることが求められる。政府の政策に対しても有益な示唆を与えることが可能なはずだ。
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