2%の物価目標の位置づけの修正については含みを残す
24日午前中に衆院で、植田日銀新総裁候補の所信聴取が行われた。予想されたことではあるが、日本銀行が事前に準備した想定問題を踏まえて、かなり慎重な言い回し、いわば安全運転に終始した印象が強い。これは、将来の政策修正の際に植田氏が言質を問われないようにする観点や、金融市場への影響に配慮した観点に基づく対応である。政策を大きく変えるとのメッセージが出されなかったことで、株式市場には安心感が広がった。
「金融緩和の継続が適当」、「金融政策は経済、物価の先行きの見通しを踏まえて判断」といった、今までの植田氏の発言が繰り返された。それらを散りばめた想定問答が、事前に策定されていたのである。
今まで言及されてこなかった2%の物価目標の修正については、物価に前向きの兆候が見られることを踏まえて、現状では継続する考えを示した点が追加の情報となった。また、2%の目標水準が妥当である理由については、国際基準であることや、のりしろの確保など、従来の日本銀行の説明をなぞった。ただしこれは、植田氏の真意とは異なるのではないか。
他方で、2%の物価目標の位置づけにかかわる、「できるだけ早期に実現を目指す」との表現の修正の有無については、決定会合での議論を踏まえて検討するとしており、2%の物価目標を事実上中長期の目標に修正する可能性については、含みを残した。植田氏はかつて、「無理せず2%の物価目標を中長期的に」との見解を示していた。
既存の金融政策の効果を明確に否定する発言も
他方で注目されるのは、国債買い入れを通じた政策効果については、明確に否定したことだ。国債買い入れを増加させることで金利が低下するのであれば政策効果を発揮するが、もはや金利低下余地がないことから、国債買い入れを通じた政策効果には期待できないとの趣旨の発言も聞かれた。これは、従来の政策の枠組みを否定するものだ。
さらに、過去10年にわたる異例の金融緩和が期待されたほどの効果を発揮しなかった理由については、金利低下余地が限られていたことを上げた。これらの点から、植田氏は、量的な政策の効果に懐疑的である一方、金利を通じた金融政策についても、その効果に懐疑的であることが読み取れる。また、実質賃金の上昇を通じて国民生活を改善させる、あるいは潜在成長率を高める生産性上昇の重要性に言及する一方、それは金融政策では対応できないもの、として、金融政策の限界にも触れたのである。
このような点を踏まえると、植田氏が今まで試してこなかったような金融緩和の新機軸を打つ出す可能性は低い。植田氏は、短期金利操作を中核に据えた伝統的な金融政策に回帰する一方、短期金利の変動を柔軟に行うことで経済の微調整を行う本来の金融政策の姿を取り戻すことを考えているのではないか。
年内はYCCの大幅改革と2%の物価目標の柔軟化か
植田氏は、黒田路線を一気にひっくり返すのではなく、今の金融緩和を形成するマイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール(YCC)、資産買入れ策の個々の政策について、それぞれ効果と副作用を分析したうえで、副作用の軽減に資するような修正を段階的に講じていくことが予想される。その中で、マイナス金利政策、YCCは撤廃されていくだろう。それは、金融緩和の程度を縮小させる面がある一方、緩和状態は維持するだろう。これが、植田氏が語る「金融緩和の継続が適当」の真意であり、ゆっくりと時間をかけて、金融政策は大きく修正されていくだろう。
まずはYCCの大幅な見直しがなされる可能性が考えれる。YCCのもとで日本銀行が大量の国債買入れを余儀なくされている現状をすぐに変える必要があり、4月にもYCCの変動幅の上下1%などへの再拡大、あるいは変動幅の撤廃が予想される。
その後に、政府との協議を経て、年内に2%の物価目標を中長期に位置付け直す修正が行われるのではないか。これが、本格的な金融緩和の枠組みの見直しに道を開くことになると予想される。ただし、内外経済の減速、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測などを受けて、本格的な金融緩和の枠組み見直しに着手するまでには時間をかけるのではないか。
-0.1%の短期政策金利を0%に修正するなどのマイナス金利政策の終了、YCC廃止、オーバーシュート型コミットメント撤廃を踏まえた長期国債の残高削減、ETFのオフバランス化などの本格的な政策修正は、2024年半ば以降に、順次着手されていくものと見ておきたい。
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